ドラ親父・ユウジの一人ゴッツ

Swing&Grooveは一生モノなのである。 ドラ親父のRhythm日記

3・11に思う~!

3:11は忘れられません~っていうか、時には思い出すことも大事なのでは?と思います。
恐らく皆さんが各自思い出を抱えていらっしゃると思います。

被災された方々の辛い気持ちを踏まえながら、天昇した方々の冥福を祈りながら、
当時のブログを読みたくなりました(毎年読んでる)、
読むたびに当時の事が思い出されます。

個人的なストーリーであり、長いです。

もし宜しかったら~ 

2011 3:11の日記~312

◆3・11…は~!
昨日の3月11日…Lesson現場の有楽町に向かう途中、
乗換駅の神田で…トイレに寄る。

用を足しながら、
不思議な動きをしている爺さんが目に入った。
「ヨボヨボなんだなぁ」
すると…「うわぁ~ いつもより強度な目眩~」

体調の悪さを実感していると~、

自分も含めて周りの人々もヨボヨボな動きとなった。

周りの皆も…「皆も…目眩~?」…違うって~! 

…大地震だって~!

この揺れはハンパじゃなかった。
慌ててホーム方面に向かう、皆、壁につかまったり、
床にひれ伏したり・・・抱き合ったり…顔は恐怖におののき…パニック状態だった。

一瞬…「もしかして、これで地球が終わったりして…」と考えた位の恐怖だった。
そしてその揺れが、また永く続いた。

ホームに上がってみると、山手線の電車が~ユッサユッサ揺れ動いている。
屋根と屋根の隙間から見えるビルディングも揺れてた。

当然「電車は止まります、運行の目処は立っていません」~状況を知らせるアナウンスが何回も何回も…

その後の余震がまたスゴイ!

正直、世の終わりかと思った。

「とにかく現場には行かないと~!」
じっとしていてもラチがあかないので神田~有楽町の二駅分歩くことにした。

道の周りには人々が溢れ出ていた。

あっちこちに落下物のあったと場所が数カ所有り、
そこにはバリケードが敷かれていた。

建物の中では危ないと察知し、
凄い人並みを縫うように歩き、
人波と共に歩み…そして…右サイドに国際フォーラムの姿が見えて「やっと着いたぁ~」
Lesson現場近く、交通会館の前まで来た時にメールが届いた。

「地震の為休講とします…」

有楽町にいてもしょがない、
「東京に戻って、中央線の運行に掛けよう」、

しかし時間を置いて何度駅に行っても…「運転見通し着かず」のボード。
やはり凄い人だかりだ。

なるべく早く帰りたいので中央線快速のホームに出て待っていると、
危ないし、復興の兆しがないからホームから出ろ…と指示される。

「じゃ…ル~ビ(ビール)でも飲もうかな?
キット2時間も時間経てば元通りとなるだろう」
その油断がオレの駄目なところだ!

飲み屋に入る。
ところが地震の影響で「ガスがダメ、焼き鳥屋で焼き鳥がだめ、
揚げ物も駄目…なんですよ」

…「それでも良いから飲ませてぁ」とオレ、アル中だぁ~!

~似たような楽観的アル中が多いと思われ店内は結構混み合ってた~

店員が「大変ですね~どこまで帰るんですか」話しかけてくる。
「国立」、「うわぁ~ こりゃまた大変だ~、お台場でも千葉でも火災ですよ」
まさかそんな大事になっているとは知らなかった。

「ホテル全滅です、これからどうしましょ~」隣の客が話し合ってる。

すっかり酔っぱらってしまい、
良い気分だ…(その油断がオレの駄目なところ)、

「もしかしたらもう動いているかも~?」
再度東京駅へ…やはり物凄い人…人、人…。

すると…なんと「本日運転見送り」…だって。

JRよ…随分と早いオトシマエだなぁ~!

とりあえず歩くしかない。
なるべく近く、取りあえずは馴染みのある新宿方面を目ざし…歩く。

大勢の人並みと共に歩く…
シータク(タクシー)は…当然つかまらない。
しかも救急車は行き交い、辺り一面大渋滞の様相だ。

たとえ新宿まで行っても
国立は歩いて帰れる距離なんかじゃない。
~でもとにかく歩く。

皆と一緒に…

「うぅ…トイレ…こんな事になるなら飲まなけりゃ~!」
なんて言ったって後の祭り。

寒いし疲れてくるし…、
METROの表示発見、トイレを探す。

「疲れたし、腰も腰痛だし、
トイレも近いし…しばらく此処にいよう」
同じ心配顔が多数がたむろしていた霞ヶ関構内で少し休む。

メトロの方が動き出す予想が立った様子で、
運転開始した路線を発表しだした。

もちろん国立までは全然無理。

それでも少しでも近い方が…。

「新宿には~千代田線で表参道まで行き、銀座線に乗り換えて、
青山一丁目で大江戸線に乗り換えれば新宿まで…」
と言う情報を得る。

足早に千代田線乗り場に足を運び、
停車中の電車に乗り込むが…中々動こうとしない。
~もの凄い人・ヒト・ヒト~

でも電車の中に入れ、暖が取れて良かった。

そしてようやく動き出した途端にアナウンス、
「銀座線、渋谷駅においての大混雑の為、運転取りやめ~」
…の情報に…「あぁ~」観客ため息。

終点の表参道で降りるしかない。

「歩くかぁ~?新宿まで…」再び歩く覚悟を決めたユージ。

昔、金がない時に(今も無いけど)良く渋谷から新宿までこの辺を通って歩いた…
「おぁ懐かしいねぇ~」…なんて懐かしんでいる状況ではなく
寒さに躰ふるわせながら新宿方面を目指し~モクモクと歩く。

「スイヤ(安い)ホテル運良く見つかれば良いんだけど…」
…そんなワケな~いのだ~。

かって知ったる新宿西口界隈に到着。
「スイヤ(安い)ホテル運良く見つかれば良いんだけど…」

やっぱそんなワケな~いのだ。

ネットカフェも満杯だって~!

セブンイレブンなどの食品は全て売り切れ、
諦めて新宿駅へと向かう。

駅構内には何時動くとも判らない電車を待つ多く人が地面に座りうつろな目だ。

「もしかしたらこのまま朝まで~?」
ホームレスの気持ちを少し理解したような…、

もしも次の日、土曜日がoffならば話は早い…
「朝まで…飲むぞ~!(また飲むのカイ)」…だ、

しかし本日土曜は、朝10時半から高田馬場でLessonが入っている。

思案に暮れてると…「小田急線動きま~す」アナウンスが飛び込んできた~!

0時35分発が動くというのだ。

これだと登戸で南武線に乗り換え…でも、
時間的にも、状況的にも南武線なんか動いているワケがない。

「このまま新宿にいて、朝一で帰宅、仮眠して風呂に入ってLesson~?

それとも、少しでも近くまで行って…スイヤなテルホ~?(そんな都合良く有るワケがない)」

「それともシ~タク~(タクシー)?」
あらゆるところでタクシー乗り場は満杯四時間待ちだとか…乗れる保証などない(乗れたとしても大渋滞で動かなかったらしい)。

「もしかしたら新宿は絶対無理でも登戸のマイナーな駅だったら?シ~タク拾える~?」

ここで迷うユージ…結局「少しでも近い方へ」ってんで小田急に飛び乗った。

一時過ぎ(勿論am)登戸到着、
駆け出す人々…考えは一緒、皆タクシー乗り場へレッツGoだ。
スゴイ日との列…シータクは即諦めるユージ。

立て看板の地図をみて、
「多摩川沿い~?こっちの方角なら良いかも?なるべく家の近くに~」っと歩き出す~温度も低くなってきて~サムイ。
「途中シータクに上手い具合乗れたら最高」ね~?
~アマ~イ~ナマイのAマイナーだぁ~!

と~にかく家へ帰りたいと言う思いが強かった。
後で気が付くのだが…方向音痴のオレは逆方向へと歩いていたようだ。

しかし~! この逆方向が功を奏し、
数メートル先にタクシーがハザード点けながら止まり、客が降りる。
速攻で走りより…「国立まで良いですか~? どうかお願いします~」必死だ。
「ない~分かりました」に超安堵。

家に酒類がないのを思い出し…
「運転手さん、ちょっと寄ってもらって良いですか?」
~こうまでしても呑みたい?~

24時間、常に開いてる西友に横付けしてもらうも、
何時もは煌々輝いていた明かりはなく、
…作業員が数名作業に当たっていた。

あの24時間営業を売りにしてた西友までが…営業取りやめ!

そして何とか無事家にたどり着いた。

あのまま登戸の吹きさらしの構内場所で朝一まで待っていたとしたら、
新宿でジッとしていた方がマシだったかも知れない。

でも…「このままじゃラチあかない、ナントカしなきゃ」という強い想いが結果オーライとなった。

しかし…とても歩いて帰れる距離なんかではない事を、
タクシーが走る道のりから知った時思わずゾッとした。

帰途につき時計をみると三時チョイ前、慌ててTVを点ける。

地震の瞬間、オレはそれ程動揺していなかったと感じていたんだけれど、
TVから入ってくる情報を知る程に地震と出くわした時のショック、
その時パニック状態だった人達の顔、
かくいう自分も、内心はパニックとなっていた事が今更ながらに思い出され涙が出た。

昨日の出来事を思い返す程に、
「ホントに家に帰れて良かった」
普段は当たり前のことが、
時として当たり前ではなくなることもある事を知る。

もっと大きな震災となる確立だってこれから先無いワケじゃない。

これも…全ては地球人が、好き放題やってきたそのツケが来ているような気がしている。
地球自体が生き物であって、生き物全て、皆が共存し合い、
その深い愛を学ぶ為に今の世界がある…それが「ガイアの法則」だ。

とっても大変な想いをした地震…、
でも現在進行形で戦争をやってる国があり、
明日生きているか判らない飢餓が蔓延している国もある。
人間は、衣食住が足りると普通に生きられる事の大切さを忘れてしまう本能があるのかな?

もしもこれがもっと大きな地震だったら…?
一考に値する出来事であった3・11…。

こうしてとても深い印象を残してくれた3・11…は、
オレのbirthdayでもあった…。
一生忘れる事のないbirthdayだと思う。

追記・・・この日を境とし、毎日煌々と明かりを点けていた「西友」もその日から省エネとなって店内は暗くなり、
インスタント系、納豆など食品も乏しい日が続き、
再開したレッスン場へ向かう時にも、
エスカレーターは停まったまま、
計画停電もあり、回りでは電力を落としての暗い想いで日々を過ごしました。

でも「それでも、電力が沢山無くっても~多少我慢したら生きていける」
っていう確信を国全体で感じたのでは無いだろうか?

それまで余裕ある経済に甘えていたのを反省するには良い機会だったとも、
今から思えば考えられる。

この頃「絆」という言葉が尊ばれた。
自分が困った時、困った人の気持ちが理解され皆が助け合ったのだ。

当時「それだとLiveが出来ない」とか不文律な発言もあったようだが、
だったら全てアコースティックで!
位の根性が欲しいモノである。

再び食が安定し、元に戻ると・・・のど元通れば~となっている気がしてならない。
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