ドラ親父・ユウジの一人ゴッツ

Swing&Grooveは一生モノなのである。 ドラ親父のRhythm日記

◆『地球交響曲』登山家メスナーが、初めてもう一人の"私"の存在

データをチェックしたら…懐かしい文面が出てきたのでご披露…興味ありましたら~「もう一人の自分」
もしかしたら以前アップしたかも知れないけど…

◆『地球交響曲』…というビデオをとても強い興味を持って購入した。

ガイア~「地球は生き物である」という説~今問題となっている地球温暖化などによる…異常気象。
これって地球が「君たち~いい加減にしなさいよ~」っていう優しい怒りなのではいか?
と、時々考えてしまうオレって…変でしょうか?

見えないモノに真実が?
人間の想像だにしない力、自然現象は存在し…神もまた…もう一人の自分とは~?

[龍村 仁 「地球をつつむ風のように」(サンマーク出版)220ページ]

登山家メスナーが、初めてもう一人の"私"の存在を確信したのは、ナンガ・パルバットでの墜落のときだった。
「落ちゆく私を見つめている"私"の心は信じられないほど安らかで平和に満ちていた」と彼は言う。

恐怖心というものがまったくなく、
時間がまるで超スローモーシヨンの映画を見るようにゆっくりと流れていく。

身体をもった私は何度か、突き出た岩肌に接触し、
バウンドしながら落ちていくのだが、痛みはまったく感じない。

ほとんど永遠とも感じられる時の流れのあと、
彼の身体は八○○メートル下の、小さな岩柵に積もった雪の上で止まった。

その時、
もう一人の"私"は、身体をもった私の中に戻った。

あちこちかすり傷や打撲を受けていたが致命的なケガはなかった。
そこから彼はさらに困難な岩壁を下って、自力で生還したのだった。

この体験のあと、
彼は本格的に無酸素・単独での八○○○メートル級の山への挑戦を始めた。

いつも、もう一人の"私"が一緒だった。

まず、六〇〇〇メートルのあたりまで登って"時"の訪れを待つ。
無線機やラジオなど文明の利器は持っていないから天気予報などは一切わからない。

「ただ、もう一人の"私"と対話しながら"今が登りはじめる時だ"と教えられるのを待つのだという。
そしてその"時"が訪れると、一気に登りはじめ、
出来るだけ短時間で頂上に立ち降りてくるのだ。

もちろん登りつづけている時も、もう一人の"私〃と話を続ける。

彼が対話を続けるこのもう一人の"私〃とは、
実ばメスナー自身であって、メスナー自身ではないと彼は言う。

たとえば、ビバーグ中、身体をもった私が少しずつ怠惰になって、
雪を溶かして水を作る作業を怠ろうとすると、ひとりの少女が現れて、
湯を沸かすよう促してくれる。

霧につつまれて方角がわからなくなったとき、
見知らぬ男たちの声がして、正しいルートを教えてくれる。

出発の"時"を告げるのは風の音だったり、可憐な高山植物だったりする。
すなわち、メスナーにとって、もう一人の"私"とは、時に少女であり、
見知らぬ男たちであり、風であり、草花でもあるのだ。

「これは幻覚ではない」とメスナーはハツキリと断定する。
この、もう一人の"私"と対話しているときは、
地上にいるどんなときよりも頭脳が明晰になり全身の感覚が鋭敏になっているというのだ。

身体に蓄えた"体力"を消費して登っているのではなく、
身体が周囲に満ちている見えない"生命エネルギー"の通り道になっていて、

私はその生命エネルギーを一時身体内にとどめて登り、
それが空になるとまた、その生命エネルギーが白然に流入してくるのを待って登りつづける。

ふだんはそれが実在だと思っている身体をもった私のほうがしだいに透明になって実在感を失い、
もう一人の、見えない"私"のほうこそが実在だと感じはじめる。

そんな時、"自分が山の頂上をめざしている麦という意識さえも消えて自分自身が山の一部だという歓喜が満ちあふれてくる。 

そし一歩一歩足を進めていくうちに、
フト気づくと白分は、八○○○メートルを超えた山の頂上に立っているその時の心境を、
そのまま言葉に表すのは不可能だ、とメスナーは言う。

「真実とは空で青、空とは満たされていることを意味し、自然の一切の法則は空の中にある」
というのは、ダライ・ラマ十四世法王の言葉だが、メスナーの心境も、まさにそのようなものだったのだろう。  

「私は、白分が大きな自然の一部であるということを強く感じています。

私と草や木や水や山石との間には実は何の区別もない。
みな大きな生命カの流れの中で、今たまたま私であったり、
草だったり岩だったりするだけなのです」

『地球交響曲』第一番の中でメスナーはそう語っている。
この言葉は、NASAの・EIT(地球外知的生命探査計画)の父と呼ばれている、
宇宙物理学者フランク・ドレイク博士の言葉とも共通する。

「私たち人間の身体を構成する物質の最小単位は炭素原子・水素原子・などですが、
これらの物質は宇宙創世以来、
宇宙空間に放出され、爆発と集合をくり返してきた星問物質の一部分です。

すなわち、私たちの身体は、いわば星のかけらでできており、
それが今、たまたま私たちの身体の中にとどまつている。

その意味では草も木も水も岩も同じ星のかけらでできている。
しかもその炭素原子や水素原子はじ一と身体の中にとどまっているのではなく、
常に外から呼吸や食事によつて注入され、また排出されてい。私が今吐いた息とともに排出した炭素原子が、
明日には近くの街路街に吸入され、
その幹や葉を形づくるかもしれない。

人間草も木も水も遙か彼方に済む宇宙人もみな、同じ星のかけらで出来た兄弟や親戚なのです」

~以上…。

本来より良く生きるため~という目的が、
より大きく儲けるため…という欲のために自然を破壊し、親戚同士が争う今の世の中。

はたして分かち合える日は来るのだろうか?
私は~来る~っと信じて止まない。


テーマ:音楽のある生活 - ジャンル:音楽

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