ドラ親父・ユウジの一人ゴッツ

Swing&Grooveは一生モノなのである。 ドラ親父のRhythm日記

◆昔のネタより~groove日誌演奏家における心技体~!

スポーツの世界では心技体~が三大要素と言われています。
原監督(現巨人)は~「心技体~よりも~心体技だと思います(記憶違いじゃなければ…)」
運動の種類や思考、状況などによってこれらの順番は若干変わってくると思います。

そしてこのバランスはスポーツの世界だけに及ばず、
表現者においても大事な要素だと言うことが出来ます。

それを上手く説明してくれたのが~著名ドラマー「KENWOOD・DENNARD」 の教則ビデオでした。
ビデオ冒頭でスティックを両手で振り回し、走りながら~、
「ドラマーにとっての三大要素~それはスリ~Lだぁ~!」っと叫びました。
…どんなビデオじゃ~?
このスリ~Lとは~?

・Jaco Pastoriusとのこのアルバムも最強~!
ken.jpg

・spiritual ・technical ・mental~全てにおいてラストが「L」


■STM・・・・・心技体・・・・・?
○Spiritual … イメージ、ビジョン、アイデア、スピリット、情熱、感動、興奮、創造性、即興 …
○Technical … 技術、バリエーション、Mechanical、動作、
○Mental … 冷静なる判断、読符力、状況判断、小節感(勘)、緻密、

■「spiritual スピリチャル ! technical テクニカル! mental メンタル !」 
これは、某著名ドラマー「KENWOOD・DENNARD」 の教則ビデオより学んだコトです。
このビデオで彼は「良いドラマーになる為の三大要素」と言ってこの、
スピリチュアル、テクニカル、メンタル を挙げました。
そしてこれらのバランスがとても重要だと言うのです。

しかしこの意味を理解するにしたがって、ドラマーにとって、
というよりも、演奏家にとって、あるいは全てのartistにも言える内容であり、
もっと大きく捕らえれば「如何に生きるか!」というアイデンティティーにも繋がる気がします。

コレを聞いた瞬間「これイタダキ!」、
それ以来 私はこの三大要素を座右の銘とし、レッスンでも使わせて頂いているのであった。
もちろん「私が発見したんだんだけど・・・・・!」などとは言いません。

この三大要素! スピリチュアル、テクニカル、そして メンタル。
これは楽器を演奏する自分自身にとって、又、教える立場として素晴らしき指針となるのであった。

■「S・T・M」
「心にある熱き思い~!」それを伝えたい場合・・・・・を想定してみました。
最低限の言葉を知ってさえいればその人の意志は伝わるのです。

しかし、引き出しの中に、ある程度の言葉の数々、ボキャブラリーが豊富な方が、
相手に伝わる可能性が増えることは皆さんも容易に想像するところでしょう。

但し、言葉を沢山羅列する事で、内容が希薄になる可能性も実はあるのです。
これがバランスです。

まずは基本である「熱い気持ち」的訴えたい要素を持つ事が大事なのは言うまでもありません。
しかし熱くなり過ぎると、かえって自分のペースが掴めなくなってしまい、
上手く相手にこの熱き思いが伝わらない場合が私の場合、
特に私生活においてありました(ホットイテ~!)。

そしてその傾向は、playにも及ぼすのだ! と言う事も理解しました。
じゃあ冷静ならば良いのか?  
というと、冷静過ぎても逆に熱さが相手に伝わらない場合もあり得るのです。

これら全てバランスなのです。
私流に例えてみると~
・伝えたい熱き思いが Spiritual(スピリチャル)、
・言葉の部分がTechnical(テクニカル)、
・そして冷静なる判断、それがMental(メンタル)…と、言えると思います。

これらのバランスが上手く行った場合アンサンブルは適度なtensionを備え、
スムーズに事が運び、したがって完成度は高くなり、
そこに感動(奏者サイド・観客サイド)が生まれるという嬉しい結果が生まれるのです。

これが選挙演説だとした場合、バランスが完璧に近い暁には・・・・・聴衆は感銘を受け、納得し、
その気になって投票。
バンザ~イ三唱~! 赤リボン、ダルマに目入れ・・・・・。

当選の確率はキット上がり、
そして~もしも弁論大会だとしたらブッチギリ優勝でしょう!

ではここで 「演奏するには…」に置き換えてみましょう。
楽器を使って、胸の中の熱い思いを、
より良く相手に解り易く伝えるには…? 
ウーン、何かヘンな言い回しになっちゃったナー。

これこそtechnical不足の良い例となってしまいました。

バランスは大事なのです。
演奏するには…当然楽器をある程度は使いこなせなければ話になりません。
余裕がないと相手の言葉(フレーズ・パターン)を理解するところまでに至らないからです。

楽器を通して伝えたい内容がそれ程難しくないモノであるならば、
パターンやフレーズもそれ程多く必要とはなりませんが、
表現したいものが即興性に富み、複雑になればなるほど楽器の熟練とともに、
ボキャブラリー(ココではフレーズやパターン、スケール等)が豊富である方が、
良いソロが、又 良いバッキングが、そして密度の濃い、
完成度の高いアンサンブルが展開される可能性が広がります。

しかしボキャブラリーがいくら豊富でも、余計な音符が多過ぎると、
「熱き思い」が、その羅列されたフレーズに分散されてしまう可能性も出てくることを私は体験上知っています。 

楽器の熟練が必要と言いましたが、
テクニックの向上を図るのは財産を増やす事と同じように大事な作業です。
したがって、沢山練習し、より多くのボキャブラリーを持つコトはとても良い事です。

ただ… 問題は使い方なのです。

余談となりますが、そういう意味では演奏家と、俳優(表現者)はとても似ている気がします。
片やその人物になりきり、その役を演ずる。 そして片や曲の中に入りきり、その曲を演ずる。
「良い」と「上手い」は良く混同して使われているようなのですが、
私に言わせると、この二つは明らかに違うように感じられます。

演奏終了後「上手いですね~!」と言われるよりも、「とっても良かったです~!」の方が嬉しいです。
「上手いなー」や「上手いですねー」と言うのは、
技術が見えてしまっている状態なのではないでしょうか?
…あんまり言われたことないくせに…って~ホットイテ~!…

本当に良いものであったならば、技術は見えないモノだと思うのです。
「良かった!」と 言わせなければダメ。 
感動させなければ負けなのです!

そのためにもTECHNICALが先行してしまってもダメ!
自己顕示欲的なplayは人に感動を与える事など出来ません。

また、SPIRITUALがあったとしても、
その熱き思いを表現出来るtechnicalが無いのも問題でしょう。
瞬時の状況、先を読む冷静さ=MENTAL面が薄いとやはり完成度を下げる可能性が出てきます。

そう言った事もふまえた上で、ただ闇雲に練習時間を増やすよりも、
自分にとって効果的なexerciseを考え、組み立てる作業がより効果を生む事となります。
人それぞれ性格や好みが違うように、好きな練習、余り好きではない練習、
得意なパターン、苦手なバリエーション等に差が出てきます。

例えばStickControlや、Method(教則本)をキチッと仕上げていくコトに生き甲斐を感じる、
譜面モノが好きな人もいれば・・・・・、好きにやらせたら本領発揮、些細なコトに拘らない譜面が苦手な人もいて、
この辺がとってもユニークに私は感じます。この違いはどこから来るのでしょう…? 

それは人間性も含め、性格、好みがそうさせるのと、どういった練習をしてきたか? 
どういう教わり方をしてきたか? どんな講師に習ったか?
といった、それまで育んできた環境がそうさせるのだと考えます。


…続く…チャンチャン!

テーマ:JAZZ - ジャンル:音楽

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