ドラ親父・ユウジの一人ゴッツ

Swing&Grooveは一生モノなのである。 ドラ親父のRhythm日記

○日記・up beat・off beat~Peterとジョージさんのお言葉~!



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・ワークショップのビデオより~「ピーターさんのお言葉」
◆by ピーターアースキン・Drums
「ここで僕自身の哲学について少し話したい。
僕にとって音楽作りは「そぎ落とす」作業になってきた。
どれだけたくさん演奏できるかではない…。
時には興に乗って度を超してしまうこともあるが…(笑)。

最適なノートを、最適な場所に置くことが重要だ。
つまり大切なのはノートで演奏を埋めるのではなく、
ノートの合間の空間を発掘していくことだ。

それを意識していると、頭の中で歌うだけのビートや演奏しないノートが次第に増えていった。
サンプルをやってみよう。

ライドシンバルで4分音符、
ハイハットで2拍4拍、
4拍目にスネアでリムショットだ。

マイルスのバンドでジミーコブがやっていたプレイだ。
(演奏)この4分音符のパルス4/4のテンポだけを考える。
(4ビート、ベースと演奏)次にこのrhythmを分割して考える、
jazzの場合は3連符のフィールだ。
(演奏~声を出す「ウッアウッアウッアウッアウッアウッア」)。
さっきの4分音符に比べて異なる感覚になっている~ビートに広がりがある。

体の動きもさっきより広がりのある感じになる。
足も浮き立ち、スイングする感覚だ。

これは演奏者としてだけではなく、教師としても大切なことだ。
後続の者に伝えていくのがjazzの伝統の一つだからね、
今夜もその努力をしている。

僕が気付いたのは、同じシンプルなビートを8人のドラマーに演奏させると…テクニックの問題ではない、
1~2のドラマーは、本当にswing感のある演奏をし、
残りのドラマーは特徴のない演奏をするかも知れない、
それはテナーサックスでも他の楽器でもだ、
問題はノートやリック(フュギア)ではなく、
音楽に生命を吹き込むことだ。その「生命」あるいは「真実」に近づく一つの方法は、
ノートの合間の「間」を尊重することだ。有り難う。

ではその間の探求に行こうと思う…演奏…。

●ジョージさんのお言葉!
ある日~「どうやったらそんなにSwing(Grooveと同意語)することが出来るのですか?」と、
恩師ジョージ大塚氏に尋ねた時ジョージさんは…、
「此処よ、ココ~」と、言いながら自分の胸をポンポンと叩いた~だけだった~!
それはまるで体験や経験でしかそれらを習得する以外手は無い! とでも言っているようであった。

「…そ そ~うですか~」
とてもじゃないが「それじゃ解らないんですけど~!」なんて…とても恐くて言えません。

後にも話があって…その数年後、
吉祥寺『some time』(ライブハウス)に福田重夫トリオでdrumがジョージさん。ステージの合間挨拶に伺う。
「おぉ中野か!元気か?」
「はいナントカ…」
「今のオレは凄いだろう?」
「凄いです」…ホントウにスゴイswing感だった。楽器に歳は関係ない?っと、自信にもなった。
「手から何でも出ちゃうみたいだろ?鳩が出たりしてな…ハッハッハ」
「凄いです、凄くスイングしてます」
「そうだろう…そうだろう!」
「ところでジョージさん、未だにswingがよく分からないんですけど…」
すると今回の返事は~「此処よ、ココ~」の胸ポンポン~ではなく…

「う~ん」
深く考えながら~
「…swingしてる振りをしてる奴も多いかもしれんなぁ…」、
「…????」
意味深なご意見は今でも時々不思議に思い出す。

ジョージさんの、「此処よココ!」の「胸ポンポン…」から、
何時の日かswingが理解出来てきた気配が感じられた。
それはplay中におけるココチ良さの度合いが基準となり、
明らかに当時のplayとは違う何かをこの頃のplayには感じられたのであった。

そんなある日、lesson終了間際に生徒が「どうしたら先生みたいにswingする事が出来るんですか?」聞いてきた。
「此処よ、ココ」と、
言いながら自分の胸をポンポンと叩いた。
「…それじゃ解らないんだけどなぁ…」と、その生徒は肩を落とし帰って行った。

そのココチ良さを言葉で表すことが出来なくて~ココココ~の胸ポン~っという表現となった。
教える機会が永くなり、さすがに~ココココ~の胸ポン~では生徒に判り辛いであろうと行き着いた言葉が~「upbeat」なのであった。


昔と変わった事の具体的な実例(症例)として挙げられるのは、
歌い方が変わっていた点だと理解します。

それが何を意味するか?どういった良い傾向を生み出すか?
「チーン チーン・・・・・」と以前に歌い方でライドシンバルでbeatを刻む、
そして「ディ~ア ディ~ア・・・・・」現在の歌い方でライドシンバルでbeatを刻む。
練習の時、「ディーン ディーン」ライドシンバルを4分音符でplayしている時にある閃きが来た!

この差は何だろう? この「ココチ良さ」を感じさせてくれる元は一体何だろう?
肩を落として帰って行った生徒のためだけじゃなく、swing・grooveを教える身である立場上、
巧い具合に教える事が目標であり、明らかに違うこの歌い方は表現に表れないはずはない!
昔のオレの歌い方と今の歌い方の違いに注目してみた。

      >    >    >    >
・昔のオレ~チィーン チィーン チィーン チィーン

      >   ・ >   ・ >   ・ >   ・
・今のオレ~ディ~ンァ ディ~ンァ ディ~ンァ ディ~ンァ

ウラ(off beat)への「T」tensionが付いたという事です。
では実際この違いはどういった傾向を生むのでしょうか~?
具体例として言えるのは、チップ(スティックの先)の上がり方に変化が生じました。
実際やってみると解ると思うのだが、歌い方を変える事は、意識、ビジョンが変わる事となる。
「チーン」の時はぎりぎりまで下にいたチップが、
「ア」を発声した瞬間、そのタイミングにチップは上がるようになった。
っと言う事は、当然タイミングにも違いが出てくる事となる。

タイミングは遅くなるか? 
それとも早くなるか? ・・・・・さてどちらでしょう?
「ア」のタイミングをoff beatと言い、off beatはup beatと同義である理由は、
このgroove(例えばswingかstraight)によってsetup、
準備するタイミングが違ってくるのは自然である。

swingの場合「ア」のタイミングにチップを上げたらswingするタイミングで着地する事が出来るのですよ!
というup beatの意味がここにあるのです。

off beatへの意識、上へと向かう意識、それらの気持ちがビジョンとなり、
次のbeatへ~! と邁進するenergyが生まれる。それがswingである。
しかも「チィ」に比べ「ディ」はより太い色感を表し、
しかもbeatの最後「ァ」にもイントネーションが付けられた。
beatの最後=up beat、up beatの意識が、次のbeatへと向かわせるenergyを生み、
それがココチ良さへと繋がったのが自分の中で解決出来た瞬間である。

ピーターさんのvoice~声を出す「ウッアウッアウッアウッアウッアウッア」
の「ア」が~upbeatなのである。

やっぱupbeat~やっぱoffbeatなのだ~チャンチャン!

テーマ:JAZZ - ジャンル:音楽

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