ドラ親父・ユウジの一人ゴッツ

Swing&Grooveは一生モノなのである。 ドラ親父のRhythm日記

◆【ユージの青春・音楽遍歴」腱鞘炎になったそのワケ編~しょのⅠ

お待たせしました~えぇ~別に待ってないって~そりゃまた失礼~!
◆【ユージの青春・音楽遍歴」腱鞘炎になったそのワケ編~しょのⅠ
「あれぇ!」
スイカ残高四けたが~⚫311~よく使うパスワードと一緒だった。
偶然と言えば偶然だが…

昨日のウオーキング時、
マイルスのif I were a bell~が流れ出した。
フィリーのシンバルレガートがswingしてる事にあらためてニヤッとした。
♪~チーンチーキチーキチーキ~♪と聴こえてた昔。
何がswingだか見当も付かなかった。
今では♪~ディ~ンチャ~グ ディ~ンチャ~グ~♪
シンバルは太い音に感じられ、
up・beatである~ディ~ンの「ン」チャ~グの(グ)の存在がswing(groove)におけるポイントである事を再確認したのであった~!

もちろん、ベースのポール(ベースボール…野球になっちゃった、ベースのポールチェンバース)にもこの感覚が必須であり、
beatであり、リズムの基盤である「四分音符」は常にup・beatの存在があってこそbeatは邁進するフィールが得られる。
これが~「swing」における大きな要素なのである~!

■「ユージの青春・音楽遍歴」腱鞘炎となったそのワケ〜しょの1

前回の続き~栗田さんの口から「はっきり言ってyouにこのギャラを上げるのは惜しい」と言われた!
・・・・・でも・・・・・悔しいけど・・・・・本当のことだったから・・・・・。
ナニクソこれも発奮材料じゃ!
等と 当時思ったかどうか分らないが、
この純真・純朴なボクこと・・・・・キット落ち込んだに違いない。

そうした中この店のクローズが決まる。
経営者の思惑通りにお客様の動員が難しかったようだ。
結局3ヶ月位しかもたなかったと記憶する。

でも「これで開放される!」、
内心ホットした気持ちも確かにあった。

でも又バイト探さなくては・・・・・。
またアルバイトニュース朝一で買って、電話して、
履歴書書いて・・・・・めんどくさいなぁ・・・・・。

半分腐っていた矢先にサックスの尾山さんから…「どうせ~来月も空いてるだろ?一緒に仕事するか~?」、
どうせ~ は、ないでしょ! などと反撃はせず、
「暇です!暇です!」しっぽをフリフリ仕事を頂く事になる。
「岡山だけどね~」
「お、岡山って~何区でしたっけ~?」
「…?」
「山手線…あれぇ~何線ですかぁ~?」
「・・・・・岡山は岡山!(キッパリ)岡山県のオーカーヤーマ~!」
「ゲゲ…遠い~!」
「しかも二ヶ月のハコだからね」
「しかも~長い~」
「イヤなの~?」
「トトットとんでもないッス。
滅相も~別荘もないッス」
「…切るよ~」
「じょじょじょ~ジョークです~」
当時も今も、
遠く離れて寂しくなる相手もいないし(ホットケ!)、
オレに迷うほどの選択肢は当時なかった…そして~今も…ホットイテ~!

かくしてユージは岡山に行くことになるのであった。
しかも2数ヶ月契約の筈が、
数ヶ月となってしまった・・・・・この後が又一波乱?

祐ちゃん岡山にて腱鞘炎になる”に続く!

■腱鞘炎になったユージの音楽遍歴”

岡山にあった現場~それはグランドキャバレー「うるわし」という、
とにかくでっかいハコ(店)だった。
ステージはバカでかく、しかもフィリピンのチェンジバンド(交替で演奏)までいた。

そして岡山への向かったメンバーと言うと・・・・・。
リーダーがvibraphone、トベさんこと水戸部氏、
guitarは、ハシやんこと、橋本信二氏、
bassは、トッペイさんこと、本田栄三氏。
saxは、オヤマサンこと尾山さん。
それにオレのdrumだ。

当時僕は22才くらいで回りは40近い皆大先輩。
やはりココでも文句…じゃないや~数々のアドバイスや色んな洗礼をありがたくも沢山受ける事になる。
あ~りがたや~アリガタヤ~(皮肉も混ぜてます)。

「スイングしないな~!」
「ユウはホントにスイングしないね…」
さんざん言われかなり落ち込んだ思い出がある。
「一体どうしたら良いのだろう~?」
「どうしたら皆に褒められるようになるのだろう~?」
「スイングって一体何~?」
結構キツイ時代であったことは確かだ。

練習は寮の屋上で練習パットを組んでやったり、
店の人に頼んで早くに開けてもらってdrumセットを叩いたり。

ココ岡山でもユウジは頑張っていたようだ~最初のうちは・・・・・。

頑張りすぎて実は腱症炎になってしまったのはこの時の練習方に由来する。
ちなみに健忘症は~元々である…ホットイテ~!

普段練習に使っているスティックの他に、
クラッシックの人が練習用に使っている太めのスティックを時として使うこともある。
太目の分重量があり、持久力が付く。

当然普段のスティックとはバランスが異なるので注意が必要である。

野球選手が打席に入る前に素振りしている重い練習用のバットと似た感覚であろう。
今回はそれに加え、秘密兵器を持参~!

その秘密兵器とは~?
偶然新大久保の楽器屋で見つけたのは当時噂となっていたた練習用スティック!
それは…な~なんと~!
ジュラルミンで出来ているのだ!

「これだけ重たければ手は早く動くようになるだろう~?」
早く上手くなりたいイコール取り合えず手が早く動く事。
教える立場である今のオレからは考えられない行動と感性である。

皆に早く追い付きたくて(音楽は追い付く追い付かないではない)頑張ったある日、突然 左手首が痛くなった。
レギュラーグリップという特殊な持ち方で、
普段使わないような回転を必要とする練習は、
手首にかなりの負担が掛かる運動なのであった。
それを金属である秘密兵器で…。

以前にも左の手首がおかしくなった時期があった。
それはキャバレー「さくま」時代。
手の皮が破れ、化膿してしまった。
それでも練習し続けた。
痛いが頑張る!
「それが偉大なるミュージシャンへの道だ!」
若気の至り~勘違い平行棒・・・・・。

今回もそのうち治るだろう、と練習を続けるも痛みが増し続け、
そのうち左手が痺れ出して初めて事の重大さに気付く。

後で分かった事だが、木のスティックは打った衝撃を逃がしてくれたのが、
ジュラルミンという材質は衝撃を全部手の中に封じ込めてしまう性質のものらしく、
手首に衝撃全部の負担が掛かってしまったらしい。

この痛みがこの後何年も(この時期からウン十年経った現在でも)続く事になる。

そしてこの後にも難題が…まぁ~これが~我が人生、
そこから多くを学ぶのであるが…当時は…キツかったです~。

○カレー事件勃発!
さすがグランドキャバレー「うるわし」
寮も完備、食事も店が用意してくれてた。
ある日余りにも文句や苦情が多く、
僕はとても腹が立ち、
たまたまその日はカレーの日。
遅くまで飲んで騒いでいるオヤジどもより早く帰り皆の分の肉を食ってやった。

しかしバレタようだ!
「あれ~? このレーカ(カレー)、ク~ニ(肉)無いよ~?」、

〜続く〜?

テーマ:JAZZ - ジャンル:音楽

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