ドラ親父・ユウジの一人ゴッツ

Swing&Grooveは一生モノなのである。 ドラ親父のRhythm日記

◆祐ちゃんの純情~続き&メモ

使用済み核燃料が出るという事実、
そして人間への害が無くなるのに何万年も掛かるという事実。
それを地下に埋めるって~数千年後~数万年後~あるいは数年後、
何があるか分からないって言うのに一体誰が保証するって言うんだって~!

古いジャズライフを読んでいた。
the Vanguard jazz orchestraビックバンドのジョンモスカ氏が~
「はじめにリズムについてお話をしましょう。
ある素晴らしいリードトランペッターが、音楽にはオモテ拍とウラ拍しかないと言っていました。
高揚感のある演奏をするためには裏拍で良いグルーヴを出せることが重要です。
ドラムを聴く事は大事ですが、頼るのではなく、
ホーンセクションだけでも良いリズムでウラ拍が出せるように普段からセクション練習をしておきましょう。
サドジョーンズの音楽はホーンセクションの譜面がまさにドラムパートのようにリズミックに書かれているので、
その練習をしておけばドラマーなしでもでもスイングできるのです。

ジム・マクニーロー~
「ビックバンドではホーン、セクションとリズムセクションの2つに分かれますが、
実際にはバンド全体、メンバー16に全員がリズムセクションなのです。
演奏で最も重要なのはリズムで、音程よりも優先順位が高いと僕は思います。
僕にとって、演奏するのに壱番難しいリズムは、表の四分音符です。
オモテの四分音符のノリを出すことができるポケット(ビートが収まるべき最適な場所)は、とても限られています~」

良いこと言うねぇ~!
もちろん~ホーン奏者だけの問題ではありましぇん~!

◆祐ちゃんの純情~続き~!

ショウと言えば比較的多いアレ、あれ、それはお馴染みストリップ!
ショウによってはもの凄く難しいスコアーの時もあれば、

メモリー(適当にスタンダードを演奏して良いよって事。これだと譜面 見なくて良いので、ストリップに集中でき…)も有り、
ショウの初日にはどんな譜面 が来るのか、怖いような、楽しみなような。
しかし次第に譜面が読めるようになってくると、
メモリーや簡単な譜面にはガッカリするようになって行くのにさほど時間はかからなかった。
(ガッカリしながらも…目は~!ダンサーに~失礼)
ホンのたまーに素晴らしいアレンジに出くわす事もあって、
譜面の右上を見るとNORIO ・MAEDA なんてサインが見えたり・・・・・。
そんな時は ミュウジシャン冥利に尽きるワケでございます。

そしてなんと言ってもショウとしての頻度の高いのは歌い手さんである。
お客は男が多いからやはり女性歌手に限られる。
もちろん演歌、ポップス etc.
当然譜面を手にいろんな人が来ました。
約2週間単位で次のショーへっと交代していくスケジュールだった。

この頃のオレは沢山練習したなー!
朝は家で板を叩いて練習。
当時練習パットなんて洒落たものなど無く、
どこかで拾ってきた分厚い板で…。
それを毎日毎日コツコツと~、
板だから~コツコツと~、
小さなことからコツコツと…なぁ~んて。

ロック野郎だったオレはいつの間にやらジャズに染まり。
両手が同じ持ち方のマッチドグリップを、
「ジャズならレギュラーグリップでしょう!」
ってんでリギュラーグリップの練習に明け暮れた。

午後は店に行ってセットで練習。
それから銭湯に行って汗を流す。
飯を食らっていざ本番の毎日!

店が終わってから今度は付き合いで酒飲みの世界(まだ17~9歳だっちゅ~の)。
そのうち店に入る前から行きつけの店「シャモニー」に寄って、
ボトルキープ(サントリー・whiteしかも大ボトル)を出してもらい一杯引っかけてから店に入って演奏。
知っている人も多いと思いますが、おイらは酒好きです(って言うか~ハッキリ言って依存症だよ!)。
当時~毎晩毎晩、ボーイさんや、友人、バンド仲間等、毎晩毎晩飲みに連れられて行ったのが、
今となって思うと毎晩飲むのが習慣になってしまった要因ではないでしょうか?(人のせいにしてる)
というか、もともと好きで強かったと言う事もありますが~(身体のせいに?)。
でもソレジャ アル中ジャン!~はい!…開き直ってる。

今は控えて、ビールなんか飲んだりして…たまに抜いたりする時期もあったんだけど、
いつのまにか毎晩~?か、ナ~?
あ~あなんと、二十歳前からこれだったんだモノ!
…ちなみ今は…節酒してます…。

ジャズに突入した一番大きなきっかけ、
それは~MilesDavisの来日だった。
それも1970年代マイルスがエレクトリックになった頃のバンドだ。

キャバレー演奏の合間にテレビ観戦!
ベースの堀内などと「マイルステレビでやるってぞ~」
「観るべ観るべ」
「視るズラ 視るズラ~」。
~ヤマハのスピーカーがドォーッンと並び、
ロックのリズムが展開しされながら緞帳が少しずつ上がってメンバーを捕らえていく。
「す、すげ~」「ほんとすげぇズラ~」
「これって~ジャズ~?」
「マイルスだもの~ジャズずら~?」
「…ところで~マイルスって~どの人~?」
メンバー一人としてマイルスを知らなかった。
という…今だから笑える話なのであった。

これにはホント~まいるス~。
がしかし!この時の熱き演奏にはとても衝撃を受けたユウジだった。

それまでFMラジオなどでは結構ジャズjazz番組は多かったのである。
名盤はもとより、日本人プレーヤーの演奏も取り上げられていて、
ポッと思い出すのが大野雄二トリオ、
ベースが本田栄三~数年後この本田氏とは岡山で仕事をご一緒させていただく。
ちなみにこの時のメンバーも結構良かった。
ギターが橋やんこと橋本信二。
バイブが水戸部さん。サックスが尾山修氏だった。
全員大先輩だった。
当時は~よ~く~いじめられた…いや~可愛がっていただいた…?
その話もいずれ出てくるであろう…元に戻して~。

我が青春の地~長野は信濃大町~!
大町の田舎にもジャズ大好き夫婦が営業していた「かつき」というJazz喫茶が白塩町アーケード街にあって、
ここでいろんなレコードを聴きまくり、いろんなジャズ情報を仕入れることが出来た。
ここで耳にした数々の名盤(もちろんLP)を紹介しよう。
後に上京して教えを請う事に成るは~ジョージ大塚氏、
当時の記憶でジョージさんがプレイするのアルバムで特に印象的なのはドラマーのジャックディジョネットがピアノを弾いた「ジャッキーボード」、
そして鈴木勲「ブロウアップ」もタイコはジョージ氏、これもいまだに大名盤だと思う。
~数年前オマさんとファスティバルで一緒になり、色んなお話を聞く事が出来感激だった~!~

当時も~そして今も大ファンである日野皓正は「イントュエターティニー」(二枚組)「ジャーニーイントュマイマインド」共に愛聴盤であり後にCDも購入。
今は亡き大尊敬に値するトコさん(日野元彦)に「あれは名盤ですよねー」っとお聞きした時、
「ウ~ン一杯レコーディングしたから覚えてないんだよー!」チャンチャン!

そして上京後とてもお世話に成るとはつゆ知らず、
今田勝さんのいろんなアルバムもよく耳にした。
この頃良く聴いて好きだった「ポピー」という曲、
まさか後にご当人と一緒に演奏するようになるとは予想だにもしていなかった!

新宿のライブハウス「タロー」で日野さんともご一緒出来ることも、
この時ユウジは知るよしもない。

「かつき」さんは今思うと、結構日本のジャズが好きだったみたいだ。
オレも時々日本の人のジャズを聴きたくなることがある。
メロディー ハーモニー そしてリズム!…三要素ジャン。
「何か!」が違うんだよね~!
違って~当たり前なんだよね~!

そして洋モノではやはり「CTIレーベル」。
草創たるメンバーで何枚かリリースされた数々。
そして~当然マイルスデイヴィス。 
それから名ドラマー、エルヴィンジョーンズとの出合いはコルトレーンとの出会いと一緒にやって来た!
一時期どれを聴いてもエルビンに聞こえてしまうという(冷静に聴いたら全然違うサウンドなんだけれども)自称、
エルビン病にかかったのは上京後のことだった。

その出会はやはりジャズ喫茶「かつき」でかかった名盤コルトレーンの「Live At The Village Vanguard(エリックドルフィーが入った方)」
スピリチャル、チェイシンザトレーン((動き回りながら吹きまくるコルトレーンを、
マイク係の人が追っかけて録音した事からこのタイトルが付いた))が入ったやつ。
この辺からこるトレーン(コルトレーンにこる~)まっしぐらだった。

マイルスとの遭遇前にも「中野君はそのうちジャズになるよ」と、
言われ続けたのがこのジャズ喫茶「かつき」のマスターだった。
そう言われてからなんとなしに気になっていたオレは時々ジャズ番組をチェックしてはいた。

っが~耳に入ってくるのはスイングスタイルの古いモノやPiaoトリオ等、
オーソドックスなスタイルが多く、
ドラムはチーン、チキチーン、チキとライドシンバルでのレガート、
今でこそジャズビートを尊敬し、
スイングを手に入れるための努力を怠らない今の自分と違って、
当時のオレには比古臭く聴こえ、較的穏やかなbeat・リズムに感じられて、
「これは男の音楽じゃないな~!ロックの熱さが一番!」
等と無知なる発想が当時は支配していたのでった。

しかし!
この時のマイルスバンドは、
何とロックのあの熱いエネルギーを用いて、アドリブしていたのだ!
「ロックのリズムでハチャメチャにやっても良いんだ!」
と、とても共感しその時からジャズを聴き直していくのである。

TVで初めて視た70年代のマイルスから逆進行的に、
時をさかのぼって60年代のマイルスへと時を逆流していくうち、
そしてそこに若干十代の天才ドラマー!
アンソニー改め Tony williams がいたのである。

黄金期のマイルスデイビスクインテットとの衝撃の出会い。
最も影響受けた人の一人。   
我が音楽人生において、とて津もないほどな刺激を受け、
影響を受けた純真な時代でもあった。

恋愛にもね~チャンチャン~!

テーマ:JAZZ - ジャンル:音楽

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