ドラ親父・ユウジの一人ゴッツ

Swing&Grooveは一生モノなのである。 ドラ親父のRhythm日記

【lesson・練習日誌】美しいメロディーも躍動するリズムも譜面にはない~!

オーマイガッド

Steve Gadd新譜届く!

オレの感性が鈍くなった?

二回目~三回目~徐々に良い部分理解…?

lesson中~某課題曲を仕上げようとしている時…
「何でこれが出来ないんだろう?」と、
つい感じてしまう場面に出くわす。

っと言うのも~レベル的にもこれ位は出来ても良い筈なんだけど~、
の場合であり、そんな時、歯がゆく感じてしまう自分がいる。

それは明らかに譜面に惑わされている場合が多い。

その課題曲には親切にも(?)リズムパターンや時にはfillinまでもが書かれていたりする。

これまでの経験におけるレコーディングにしろLIVEにしろ、
譜面を渡される場合、groove(リズムの種類)にメロディーとコードが書かれたモノであったり、
時として編成が大きくキメが多い場合などを除いて(ドラム譜があったとしても、最低限のデータだけのとてもシンプルなモノが多い)、
「ドラムは~無くっても良いよね~?」
「…は…ハイ」
お任せ…のケースが結構多い。

例え譜面を渡されたとしても、
譜面に慣れている我々は、便宜今日の記号を一瞬のうちにサウンドに変換し、
手足に指令を出す作業をしているのだが、
生徒達は当然ソコまで出来る技量まで行っていない場合が多い。

時々器用な生徒がいて、いとも簡単に譜面を読み、何気にplay出来ているケースもあるんだが、
この「何気にplay」~実は問題なのであって、
器用な分、音に変換しないで直接手足に指令を出しているのでは?
と考えられる場合もあり、
ソコには「ココチ良さ」は薄く、その分満足度も当然低い(=grooveの度合いに比例)。

目が何かを追っている時(分析している時)、
大事な耳にフィルターが掛かってしまうことを経験上知っている自分としては、

譜面にクラッシュシンバルの記号があるからジャ~ンではなく、
ジャン~ってクラッシュシンバルを鳴らしたいからplayする…が自然なのであり、

♩〜チュルタタバガボン〜ジャ〜ン〜♩っは、
譜面に書いてあったからではなく、

♩〜チュルタタバガボン〜ジャ〜ン〜を叩きたかったからであり、
もっと云うと〜チュルタタバガボン〜ジャ〜ン〜っというサウンドが体に響き、
それを表現したいが為に手足へ指令を出した結果が、
♩〜チュルタタバガボン〜ジャ〜ン〜♩…で~あるべきなのだ。

したがって、
「聴こえてくるサウンドをplayするのだ!目からの情報ではなく、耳からの情報に集中しなさい~!」

…譜面を取り上げる事となる。

テーマ:音楽のある生活 - ジャンル:音楽

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