ドラ親父・ユウジの一人ゴッツ

Swing&Grooveは一生モノなのである。 ドラ親父のRhythm日記

レコーディング・トラックダウンの時



ヤバイ!…風邪だ
月曜日体験レッスンにて・・・・
以前北海道ヤマ○でドラムのレッスンを受けていたという女性。
テキストをメインに進めていたらしい。ある時セッションに誘われた際、
譜面がないと出来ないと言ったら、それはオカシイだろう?って言われたらしい。
オレが危惧した通りのストーリーである。
リチャードホールその他のビデオ返却する。
まだ借りてないリチャードホールのビデオを手にとって眺めた。
ニヤリ・・・・とした。
一瞬借りようか迷ったが、
「まだダビングして観てないビデオあるし、次回にしよう」店を出て歩き始めて15分後、
リチャードホールのパッケージが思い浮かばれ…ニヤリ。
店に引き返すことにした。
火曜日は3本で390円。安い!

いまだジックリ聴いていなかったsax fifth avenue「Couch・Potato」、
(自分のプレイにおけるヤバイとこを知ってるから怖くて聴けない…が本心、
でもトータルでは良い演奏だと自負している面もあって…)、
開き直り、「もしかしたら…そんなに悪く聴こえないかも…???」
家のステレオで腰を据え聴く。
やっぱ、お客さん感覚で、トータルに楽しめるようにはとてもじゃないが聴けない。
シリアスになってしまうのは職業柄しょうがないのか・・・?
レコーディング当日、体調も含め、脈拍の上がっていた記憶が思い出された。
でも…「このアルバム…良いよ!」自信を持って薦めている。

今日もそうだったが、
まるで行商のように大きめのバッグにCDを詰め、
レッスン現場へと向かう日々がこれからも続くであろう。
取りあえず20枚は売れた。
取りあえずイッパイ売って、上納金+αを…。
だから買って!

ガキの日記か!

内容が無いようなので原稿日記から…
マジメに敬語を使って解説する「私」と…
日記形式で少しおふざけが入る「オレ」…

日記の方を…



●「beatを感じて」

日記「beatを感じる」Ⅱ
オレの尊敬するアーチスト(ドラマーに限らず)は、
Latinからjazz、FunkからRock、Reggae hip-hop、
と、リズム、feelが明らかに違うこれらのgrooveを、
こともなげに演奏しているように思えてならない。

それに比べ、オレは…LatinはLatin Mode。
jazzには、やはりjazz Mode。
Funk にも、あるいはReggae にもそれぞれのModeが必要であって、
groove(ノリ)が変わるごと意識の変化を要し、若干の微調整が必要だ。
それらを手に入れるのにかなりの時間は割かれ、
その甲斐あって、かなりの達成感が得られた … とも残念ながら思えない。
まだまだ足りないし。
今もって修行の身なのである。

いとも簡単そうに色んなgrooveを、しかも瞬時にプレイ出来る演奏家。
一つ一つのgroove(リズム)を習得しようとするだけで、
イッパイイッパイとなっているオレ。
「一体この差は何なの?」
修行不足? しかり、また、センス(才能)の足り無さ? それもしかり、
と言った、寒くて恐ろしい現実が目の前に立ちはだかっていて、
正直に告白すると、実は何度か「音楽家に向いてないかも…」といった失望に駆られた時があった。
が、「でも辞めないぞ!」と言う決心は固かった。
といっても「音楽への愛着が強く、我が道、捨てきれず…」、
と言ったポジティブな発想とはほど遠く、
「今更辞めてもただのオヤジジャン! 他に何も出来ないジャン!」
と言うような、超ネガティブな発想がそうさせた?・・・・・のかも知れない。
しかし生徒には「継続は力なり!」なんて偉そうにの賜っている。
そんなんで良いのか~?
責任者出てこ~い!

でもこれだけは言える。
演るからにはもっともっとgrooveを手に入れたい!
確かに前のオレと比べたら手に入れたgrooveは比較にならないが、
まだまだ足りない!

この強い気持ちは常にあって、
歩きながらにも、始終その辺の事を考えながら歩いている。
「grooveって何?」「grooveを手に入れる効果的なexercise無いかなぁ?」
「財布落ちてないかな~?」「このまま…一人寂しく死んでいくのかなぁ~?」
… イケネ、又ネネガティブmodeになってきた…失礼しました。
せめて「宝くじ…当たらないかなぁ~!」位にしときます。

歩き、考える。考えては歩く。
時たま犬に吠えられビックリする事はあるが、
電柱にぶつかったり、
畦道から足を踏み外す事はない(どこを歩いてるんだか?)。

時々異性の方が横を通る時には一端「grooveとは?」modeは停止され、
思考回路を変更し、ココロが落ち着いたらば、再び「grooveとは?」回路に戻す。
その異性の方が魅力的であればあるほど、
「grooveとは?」回路に戻るまでに時間が掛かってしまうのは、
皆様と一緒だ(お前と一緒にするな!)。

grooveを手に入れられた彼ら、
まだまだ全然足りないと感じるオレ、
一番の違いは一体何なのであろうか?
もしかしたら何か法則というようなモノがあって、
それを知り、理解することで、ただ闇雲に練習するよりも、
はるかに効果的な方法論というのが存在しているのではないか?
といった、何故か確証に近い疑問が渦巻く毎日だった。

ノリ…というか、リズムの取り方に根本的な違いがあるような気がする。
とすれば、その違いが理解できたとき、
grooveはもっと手元に近づいてくれる筈だ。
それがオレにとってbeatの女神が振り向いた時である。
女神だよ女神! 同じ神様でも貧乏神はもう良いから!

「もしかしたらオレと彼らとの一番の違いは、
beatに対する解釈の違いがあるのではないか?」
という、当たり前と言えば当たり前なヒントが湧き出した。

それは、いかに難易度の高い、カッコイイフレーズ、パターンを、
いかに上手に埋めることが出来るか?
といったメカニカルな面での問題ではなく、
もっともっと音楽の基盤であり、とてもシンプルなストーリーのような気がする。
そして、そこには自然の摂理の如き某かの法則が存在するのでは?
といった確信に近い発想。
予感のような感触が、
ある日のwalkingで感じる事が出来た。

時間があればwalkingに出かけるのは、
せり出し始めた腹を含め、健康の為だけではなく、
持久力の有り無しは特にドラマーのとって演奏に直接関係する手合いのモノなので、
こういった運動的exerciseは楽器の習得と同じくらい必要となってくる。
しかも歳だし・・・・・ホットケ!

「彼らにとってはjazzもLatinも、RockもFunkも、なにげにプレイ出来、
そこにはそれほどの違いはないように感じるのは何故?」
何時もながら考えながら、悩みながら、異性の方を発見したら一旦足を止め、
「ワォ~ンワォオ~ン」犬に吠えられたら「ウンワァ~ンウワウワォ~ン」吠え返し、
walkingしていたある日、
「beatは一つ!」という声が何処からともなく聴こえてきた!
一瞬足が止まる。
その声といっても、
「おじさ~ん、何か落としたよ~!」や「良い天気ですな~」といった、
人間さまの声でない事は即座に理解出来た。
したがって周りを見渡したりはしなかった。

はたしてこの声をミューズ(音楽の神・女神だよ~ん)の声、と取るか?
ただ単に自分の奥から湧き出たアイデア? と取るか? 
は、問題ではなく、
これはオレにとって素晴らしい、指針となるに等しいヒントだ!
という確信を持った事は確かだ。

「beatは一つ!」…って、
どういう意味だろう?
しばし考える。
再び歩き出す。
walk、thinking、thinking、walk。
このヒントは…、
「beatは一つ、されどPulseは」
とつながっていった。

「groove・rhythmには、より良くなる為の定義の如き存在は無いのか?」
…「そんなモノなど無い!ただ練習のみ、そして実践から学ぶ事のみ!」
と言い切っていたのだが、定義というか、自然の摂理といおうか、
ある程度の法則の存在を知る事となる。

・「beatは一つ、されどPulseは」…これを具体的に説明すると…。
レコーディング・トラックダウン・写真・シバタ


未分類 | コメント:0 | トラックバック:0 |
| ホーム |次のページ>>