ドラ親父・ユウジの一人ゴッツ

Swing&Grooveは一生モノなのである。 ドラ親父のRhythm日記

過去のデータより!

時々Facebookで過去のデータをシェアしないか?ってお知らせがあり、
過去にアップしたデータを読み直し、
自分でウケることあり!
今日シェアしたのが・・・これ!
良かったら読んでみて下され。

多摩川沿いからの帰り道、
我がwalkingコースの彼方此方に楽しそうな、幸せそうなファミリーの姿が見える。

~自分の小さい頃は父ちゃん母ちゃんに可愛がってもらったんだろうな?
良いなぁ~ファミリー~今世では無理だったようだ~ってなことを考えながら帰ってきた。

さて、祐チャンの純情~続きの書き直しを…
さぁ~ 困ったぞぉ!

もったい付けたワリにはそれほど期待に添えないストーリーかも知れない!
まさか誰か殺してフィクションにするワケにもいかないしぃ…、

チョット少し話変えてまたもったいつけよっと…って~コラコラ!
我が青春の街、信濃大町は松本から安曇野を通る大糸線で小一時間ほどにある街だ。

そんな信濃大町の田舎にも、
ジャズ大好き夫婦が営業していた「かつき」というJazz喫茶が白塩町名店街アーケード街にあって、
ここでいろんなレコードを聴きまくり、
色んなジャズ情報を仕入れることが出来た。

マスターであるかつきさんは今思うと、
結構日本のジャズが好きだったみたいだった。
オレも時々日本の人のジャズを聴きたくなることがある。
ここで良く耳にした名盤は…

後に上京して教えを請う事に成る、
ジョージ大塚のアルバムで特に印象的なのはドラマーのジャックディジョネットがピアノを弾いた、
「ジャッキーボード」、
鈴木勲「ブロウアップ」もタイコはジョージ氏、
これも大名盤だと思う。

大ファンである日野皓正は「イントュエターティニー」(二枚組)
「ジャーニーイントュマイマインド」共に愛聴盤であり後にCDも購入。

今は亡きトコさん(日野元彦)に「あれは名盤ですよねー」っとお聞きしたところ、
「ウ~ン一杯レコーディングしたから覚えてないんだよ~」ガクっ。
そして上京後とてもお世話に成ることとなる今田勝さんの色んなアルバムも聴かせてもらった。
この頃良く聴いて好きだったポピーという曲を、
まさか後に一緒に演奏するようになるとは!
また、新宿のライブハウス「タロー」で土井さんのTrioの時日野さんがアソビ来てご一緒出来ることも、
この時ユウジは知るよしもない。

何しろこの頃のジャズは特に熱かった!
たまたま休日が取れて上京、丸さん宅に泊めてもらいライブハウス巡り。
今は無くなってしまったが新宿「タロー」ここも上京後に出演する事となりました…

歌舞伎町の中にあって狭い階段を上がっていくのです。
有名なバンド以外はお客さんの入りが少なく、
ある日お客ゼロの日があり、
帰りの階段を下りていくとそこにジキコが寝ていた。
と言うことも今では笑い話しです…

土井一郎trioで出演中…
「いっしょに演って良いかな~」と言う声が客席から届いた。
「ずいぶんズーズーしい人がいるモンだ」いぶかしげに客席を観るも暗くて見え難い、
そしてその本人は、「日野だけど!」
なんとあのトランペット日野皓正(tp)が土井さんの「どうぞ」の言葉も終わらぬうち、
トランペットをあわただしくケースから出したと思うとステージに上がってきた。
「何やる~?」
「Maiden Voyage 」と土井さん、
「OH~ 良いねぇ」例のピアノイントロから始まる。
ステージが終了~と思ったら、
♪~チュラタタ~チュラタラララ~ン~チュラチュラパラチュラ~ン~♪
日野さんがいきなりstraight no chaserのテーマを吹き出すではないか、
慌てて我々も2コーラス目から付ける。
日野さんニヤッとする。
メディアムだったテンポは次第に熱くなっていくgig!

何か気配を感じ日野さんを見るとさっと指を二本上げるのが見えた。

親指を一本下に下げるのは~ぜひとも勘弁してほしい。
そしてやはり中指を一本上に上げるのもご勘弁を~。

これは倍テンに行こう!
~倍テン といってもkioskではありません~

いくらOh脳~!でも倍テンの合図と気付かないほどのボンクラユウジではない!

即付ける。
ドンドン仕切って行っちゃう日野さん、
集中していないと置いてきぼり食ってしまう、
終わってから 「スイングしていて良かったよ!」と社交辞令を頂いた思い出が!

再び…シヴァの女王…

そうそうあれから数ヶ月後、
実はシヴァが来たのでした。
 
聞くと自分から『サクマ』に行きたい!
っと事務所に志願して来たそうだ。

人と話す時は目を見て話そうとする僕は、
シヴァに見つめられるとつい目を反らしてしまう。
皆は信じてくれないが、俺、ジャなくて、僕 は純情なのだ!
しかもシャイだ!(同じ意味だって)
今だにその本質は変わらない(マジです)。  

一回目の出逢いに比べたら、
二回目の方がどうやら積極的になれた。
前の時には「ユウジは明日何やってるの~?」
「別に~練習して~それから飯食って…」
「それよりどこか連れてってよ」
「…う~ん…」
「はい!決まり、じゃ11時にマツヤ(1Fがパチンコ屋、二階が喫茶店)ね!」
「わかった」

デートしたり誘ったりするのは自分からでなく、
殆どシヴァが先導してくれていたのだが、
「ねぇ、明日木崎湖でも行こうか~?」
今回は自分から誘う事が出来た。
チョット大人に成ったのですね!

ユウジの積極性に驚くもシヴァは嬉しそうだった。 
練習も欠かさなかったが、
デートも良くした~ってことは練習かかさないとデートなんか出来ましぇん。 

この頃 既に店では我々のことが噂になっていて、
それをからかう者もいた。
真面目な僕は赤い顔になりながら「そんな事無いヨー、そんな事有るモンカー!」、
等と しらじらしくバックレるのだがあまりにもバレバレであった。
デモ、内心はかまってくれて嬉しかったりして。

…この辺読んでて色んな光景が思い出されるのと、こっぱずかしいのとが入り交じって変な感じぃ…

実はボク…初恋はムチャクチャ早くて幼稚園の時だった。
~なんだ突然~
小学校時代、そして中学時代も、結構恋多きユージの純情だった。
~まぁ 早い話~ベ~スケ ってこと~
でも積極的には出られないのは~相変わらずなのであった。

そしてこの時が生まれて始めての相思相愛? 
シヴァにとってはもしかしたら遊びだったかも知れないけど。
演奏していても控え室でシヴァが聴いていると思うと~シンミリ。
あるいは張り切りすぎて「中野~ ウルサイ!」バンマスに怒られたり。

ステージに出て来てきて、
歌う合間に目と目が合ったり、
わざと外してみたり!

もの凄い充実感。
~愛のパワーって凄まじいのですね~って、何言ってやがる!

「さくま」から歩いて3分くらいの所に今も帰ったら寄る事にしている「やち」という飲み屋さんがあり、
演奏の合間にそこで良く飲んだ。

そしてそれは、ある日シヴァをその店で待ち合わせした時の話だ。
僕等より少し早く終わったシヴァは先に「やち」へ、 
僕もラストステージを済ませ、
急いで着替え「やち」へまっしぐら! 

ドアを開けると当然シヴァは居たのだが、
他のお客さんと仲良く飲んでいた場面を観る。

まだまだ大人に成り切れてないユウジは…「ムッ」としてしまった。
そう! 
jealousy~しかも強力な~ヤツ!
それは今も変わらないようだから人を好きになるのが~辛い!
…おっと余計な情報でした。
~だいいちユージを好きになるヤツってぇ~のがいないんだからNo問題~ってホットイテ~!

そしてそのジェラシーから~悲しい別れとなってしまったのであった。

…続く~?
クエスチョンマークカヨ!…チャンチャンコぉ~!
★【祐チャンの純情・音楽遍歴】 | コメント:0 | トラックバック:0 |

今一度「ユウちゃんフィリピンへ行く」


おっと今日は7月7日七夕でしたね~。

昔・・・(今でもトラウマ?)7月7日が目に入った時、
七夕~って言う情報よりも、
「おっと今日は7の日、質屋が休みだぁ~」だった。

当時それほど質屋さんとは縁があった。

ある暮れに御用達に行った時、
「来年も宜しくお願いいたします」っていう一般的挨拶を交わした後、
微妙な感覚を味わったのを思い出し一人ニヤリ。

でもしかし、今や銀行で簡単にお金を貸したり、
現金もないのにカードで買い物が出来ちゃう~これって、問題ですよね~?
気が付くと~ローンレンジャ!


軽い風邪などは市販の薬なども極力使わず治してきたが今回の具合悪さは、
一昨年のインフルの時のように「医者に行かなきゃ」っていう危機感を覚えた。

何時もは腰の腰痛面でお世話になってる聖〇クリニック。

先生は髭をはやし、それはまるでジャズミュージシャンのような出で立ちです。
机には神様のようなエラそうな爺さんの写真が飾ってあり、

信頼出来る~とオレは思ってる。

金曜日からの・微熱 ・悪寒 ・ゲーリークーパー(古ゥ)・喉の痛み~など諸症状を先生に語る。

まずは喉を視て「おぉ~腫れてますね」
「消毒しましょう」と言って喉に薬を塗った。

「オエェ~」ってなった。

両手を使い喉回りなど、あちこち触って診察、
次に聴診器で胸から背中から視る。

薬を処方してもらい帰宅、

早速食事を取りお薬を・・・しかし色んな種類の薬だこと!
・クラリスマイシン ・イブプロフェン 
・アスペリン ・トラネキ納~違った トラネキサム 
・ビオフェルミン ・カロナール ・アボダースうがい薬 以上

何しろここ3日間、朝の3時に目が覚め(熱のせいか?)その後眠れず睡眠不足が続く。

夕方になり再度熱を測ると、
朝37・3(平熱が35位なので微熱なのです)だったのが35・0まで下がった。
お薬の威力ハンパなし。

昔ブログにupした「ユウちゃんフィリピンへ行く」をFacebookにupしたら人気だったので今一度書き直しました。
長いけどよろしかったら・・・

それはもうかなり前の話~でも~とてもユニークな経験だったことは確かであった。

まだ師匠ジョージ大塚氏のlessonに通いながら演奏もボチボチしてたころだった。
我ながら面白いと思うのでupしたくなっちゃんたのだから~も~どうしようもない!

メンバーは今や一流売れっ子なプレーヤー、
「えぇ~あの人が~?」
騒ぎになったら迷惑が掛かるのでイニシャルとします。

時々直し忘れたらごめんね(コラコラ~)


★「祐ちゃんがフィリピンに!」

・そのⅠ
「チョット良いですか?」
と言いながら近づいて来たフィリピン人の名前はレイだ。
その風貌から日本人でないことがすぐに理解出来た。

場所は渋谷、道玄坂、ヤマハ店頭の一階のステージ(今は無い)において、
JAZZのパフォーマンスをした時だった。

自分で言うのも何だが…ヤマハドラム生徒の中から選りすぐられた一人だったんだからしょうがない~(コラコラ~)。

それは大友さんの生徒サックス4人、
プラス3リズム(ベース、ピアノ、ドラム)でのアンサンブルだった。

スタンダードのヘッドアレンジ(簡単なアレンジ)したそのステージが終わって、
楽器をバラシている時に声を掛けられたのである。 

「実は~メンバーを探しているので~す」流暢な日本語でレイは語り掛けて来た。
片付けに忙しかった僕は、
レイのメモチョウに電話番号を走り書きしてその日は別れた。 

そして翌日には「ちょと良いですか~?」レイからの電話が入り、逢いたいと言う。 
レイの自宅に行くこととなり、自宅近くの保谷駅で待ち合わせた。

改札口を出たところでレイはすでに待ってくれていた。

「今日は」
「いやーいやー、どうも」シェイクハンド。

「あそこにボクの車があります」
彼の車に乗り込んだ時、助手席にはトテモ綺麗な女性が乗っていて、
「今日は、マリエですよろしく」と握手をした瞬間一寸ドキっとしてしまったオレだった。 

レイが「私のワイフです」の一言でcooldown…。

「普段はファッションモデルしてます」

綺麗な筈だ。

家で色々話を聞く。

マリエがボーカルで、レイがギター、
後、ベースの定吉(サダヨシ)がメンバーとして決まっていて、
残ったドラム、キーボード、etc. を探していたのだという。

「中野さんがドラムやってくれると嬉しいんですが…」とレイ。
「…う~ん…」もったい付けているオレ。
「中野さんにぜひとも演って欲しいワァ!」はマリエの発言。
「演りましょう!」
即決だぁ~!

他のメンバーを探してぜひ紹介してくれと言う。
話を聞くと結構面白そうな話が伺えた。 

それはこんな予定なのであった。

~「日本でバンドを組んでリハーサルをしフィリピンに渡るヨ~、
 フィリピンにはコネクションがあるヨ~、
 興行を打つアルよ~(何処の人だ?)、向こうでレコーディングもするネェ。 
 その後フィリピン国内をツアーするねぇ~、
 向こうは物価が安いから毎日プール付きのホテル住まい、
 しかもメイド付きよ~」

そんなスケジュールが既に計画中であると言うのだ。

フィリピンで一旗上げ、ソレをニュースソースにして、次は日本国内で売り出す。
といった、壮大な計画なのだ。

マリエは綺麗だし…まさにウッシッシ~なのであった。

…まぁ今考えたらそんなウマイ話は無いワケで、
今思うとフィリピンでは音楽の仕事がないからこうやって日本に出稼ぎに来ているんだよ! 

そんなうまい具合に行くわけないでしょ~!って、
なんであの時冷静に考えられなかったのかなぁ~?
・・・・・くやしいっす~!

しかもその計画をなるべく早く実行に移したいという。  
したがって足りないパートのメンバーを早急に決定しなければならない。
レイが「中野さ~ん~一緒に行きましょう~」
「う~~~~ん」とオレ。
「中野さぁ~ん~一緒に行きましょ~!」のマリエの一声とウインクで、
「行きましょう~いざフィリピン~!」
ユ~ジ~フィリピン行きを即決~!  

さぁ~て~、他のメンバーは誰が良いか?
と問われてすぐに思い付くのはその時参加していたFJちゃんバンドのメンバーだった。
サックスはFJちゃんっは売れっ子だ!熱帯JAZZ楽団、他~コラコラ~。

キーボードはFKちゃん~売れっ子!ロンカーターと自分のアルバムをレコーディングした~コラコラ~バレるっちゅ~の!

そんな風にオレが考えたベストメンバーを紹介する事になる。
そしてオレだけ~暇っ子である(ホットイテ~!)。


FJちゃんバンドで新宿ピットイン出演、

控え室で「ねぇねぇ~フィリピン行かない?」
「フィフィフィフィ~フィリピン~?そりゃまたどういうことかいね~?」は~FKちゃんだ。

大体のあらすじを皆に話す。
「何ソレ~?」 
「本当に大丈夫なの~?」、
と、一見は不安そうな姿を装うが、
FJちゃんのニヤ付きを見ると~まんざらではないと見た。

「プール付きのテルホでしかも女給さんだって~?」とFKちゃん。
FJちゃんが「FKちゃん、女給さんって~メイドだって~メイド」

数日後には皆でリハーサルに入る事となる。

打ち合わせはレイの家、
リハーサルは吉祥寺のスタジオで演り、
レパートリーを固めた。

そして私の記憶が確かなら1983年の9月。
いよいよ機上の人となる。

そして丁度オープンチケットのギリギリ2ヶ月のとんでもないドタバタ劇が始まるのであった~!

続く~チャンチャン~!



◆~そして私の記憶が確かなら1983年の9月。
いよいよ機上の人となる。
そして丁度オープンチケットのギリギリ2ヶ月のとんでもないドタバタ劇が始まるったのであった~!

エェ~?楽器はどうしたかって~?  
よくゾ聞いてくれました~!

レイ曰く~
「小さい楽器は良いけど大きな楽器はオーバーウエイトになるよ~、
 こっちで新しいドラムセット買って持っていけば向こうでは高く売れるから儲かるし~、
 帰りのオーバーウエートも助かるしよ~」

「へぇ~…ところでドラムセット~誰が買うの~?」
「ドラマーは貴方でしょ~」とレイ。

「ゲゲ~オレが買うの?~オレ~金無いんだけど~」〜はオレ。
「ナカ~ノさ~ん~カードあるでしょ~?」っと再びレイ。

「…そ~そりゃ~あるけど…」やはりオレ。
マリエが〜「中野さんって、カッコ良いわよね~!」

「・・・ドラムセット、私、買いましょう~!」即決だ。

~ってんで~新品のドラムセット一式購入する。
勿論カードでローンっだぁ。



…賢い人はこの辺からオカシイ!と思うかもしれない。 
まずは当然観光ビザで入国して仕事(演奏など)出来るのか?
 
それから~楽器を勝手に向こうで売って良いのか?
外国に行く際には持ちこみのリストを書かされ、
帰りにその荷物が無かったら詰問にあう、

・・・でも最終的には置いてきてしまったからソレ程うるさくなかったのかな?

帰ってきたら…家賃は溜まってるし。
当然ドラムのローンは残るし。

ロ~ンレンジャ~の出来上がりの~の体(ティ)、
この時の借金が後々の我が生活に大きくのし掛かって来たのは言うまでもないし、言いたくもない~!

これまでまるっきり縁のなかったパスポートを取り、
ワクワクドキドキしながら羽田(当時は羽田国際空港から)で待ち合わせる。

キーボードからドラムセット、アンプ類からスタンド類やらで
何やら凄い両の荷物になってしまった。 

何しろ1グループ分の楽器フルセットだもの・・・・・。
果たして上手く(オーバーウェイト等取られないで~)フィリピンに着く事が出来たでしょうか~?

荷物扱いのカウンターにドーッと持って行く、
係員はビックリしながらオーバーウェイト分の料金を計算、
当然~ウン十万円となるが勿論そんな金など~無い!

「レイ!どーするの?」
「大丈夫!僕を信じてよ~ナントカなるから~」

このレイの「ナントカなる」と、

「この目を見てよ~!嘘ジャナイヨ~!」
と言う言葉はこれが始めてではなく、
この後何度も騙される事となるなんて~知る由もない。

「来週にはお金届くから〜」
「明日になればお金あるアルよ」etc

その時々、レイの目は信じられる程の説得力を持った眼光を感じたのだった。
しかしこの時ばかりはレイが言う通りとなったからビックリした。

搭乗時間ギリギリまで「払わないと乗れないぞ」~「ワタシたち払わない」
~「払えない」~「じゃ搭乗出来ないですよ~!」

「でも乗らないと困るんです」~とすったもんだヤリ合っていた係員が、
出発時間が数分前に迫ったその瞬間、
係員たちは楽器類をコンベアーに乗せ始めた。

そして「すぐに行きなさい!」と我々を一括、
我々は急いでタラップから機内へと走り抜けた。

座席に案内され座る瞬間レイと目が合った。

「ネ~!言う通りになったでしょ~」と言いながら親指を立てウィンクした。

さぁ~ またこの先が変態~それはおオレ(ホットイテェ~)、
大変なのであった・・・が、
今だから笑えるストーリーでもあった。

・・・続く。

18:04 2015/06/30


座席に案内され座る瞬間レイと目が合った。

「ネ~!言う通りになったでしょ~」と言いながら親指を立てウィンクした。

さぁ~ またこの先が変態~それはおオレ(ホットイテェ~)、
大変なのであった・・・が、
今だから笑えるストーリーでもあった。

・・・続き・・・。


外人はウィンクが似合う。

フィリピンも外人、
そうそう、オレにとってレイは害人(ガイジン)なのだった。

さて! この後どんなストーリーと相成るか?
かなりのドタバタ道中記が待っているのです。


そんな一騒動などまるでなかったかのように飛行機は無事マニラ空港に到着した。

国内の移動でも、空気の匂いの違いを感じるが外国はその比でない。
と言っても~あんまり外国行ってないけど・・・コラコラ~

ロビーに出た途端、酸っぱいのと潮の香りが混ざったようなフィリピン特有の匂いが充満していた。

夜の到着となったが、空港の外には沢山の人で溢れていた。

といっても旅行客などではなく…「暇だから飛行機でも見に行くべや~!」
といった人たちである。

「フィリピン人、ドロボー多いから荷物気を付けて!」と叫ぶレイ。
そう叫んでいるあんたもフィリピン人だ。  

レイの兄弟、友人が出迎えてくれ、ひとまずはホテルに直行。

部屋の窓から見えた夜景はとても素敵だった。
その景色は今でも忘れない。
(この文章を書き直している今でさえ想い出される)

周りにはそれほど大きな建物の無い中に一本。
そそり立ったビルディングが見える。

しかもその建物造り掛けなのか?あるいは壊れかけの大きな建物で、
偶然下から当たっているライトに照らされたそのビルディングは、
それはまるでフェリーニ映画の1シーンのように…印象的にガラスの向こうに視えた。 

その晩はレイの兄弟をはじめとして色んな人に紹介されるも今では名前の殆どは忘れてしまった。 
が、その中、人なつっこそうなトニーの存在だけは何故か忘れなかった。
  
トニーはレイの実家サンタメサの近くで飲み屋をやっていて後々(毎晩のように)とてもお世話になることとなる。

翌日、レイはあっちこっち連れて行ってくれた、
名前は忘れたが、マネージャー兼フィリピンポップス歌手の大きな家に案内され、
歓迎を受け、色んな話をする…が、
僕らは片言English(でたらめに近い)、
彼らはタガログ語(現地語)、

それにEnglishが混ざり合い、
イマイチ会話がスムーズでない。
そうこうしていると、どうもレイとその人のタガログ語の会話がなんか変だ、

それはまるで・・・・・
「○○○○dollar・・hotel・・・・・???」
「sub~?~main~? ・・・・・○○○○dollar・・??」
「・・・・・(怒~!)・・・・・」
「・・・・・ポテーカンバァターアカー~!」

ビジネスの為のミーティング~のはずが…どう見ても言い争っているようにしか見えない。
 
不機嫌となったレイの「サ~!帰ロ~」と言う言葉を合図にお礼を言いその場を去る。 

なんか雲行きが怪しいぞ!

「だから言ったじゃないのよ~レイったら~!」
それに夫婦であり発起人であるレイとマリエもなんか喧嘩始めたぞー!

「だってあなただって~ポテーカンバァターアカー~でしょ~?」

…意味不明だ。

レイの家族にしたら・・・えらい迷惑だった事に実際なった・・・。

ほら見たことか!
最初からこんな感じなんだから。
修羅場(?)はこの後にやって来る。

オレ「あれれ~なんかヤバイね?」
FKちゃん「プールにホテル、それに女給はぁ?女給ぅ~」
FJちゃん「FKちゃん 女給じゃなくってメイドだってば~」

「これは変だ、何かやな予感!」
そしてこの予感は的中することとなった。
レイが当てにしてた仕事がまず無くなった様子。

元々俺たちには金は無い、

仕事もなければ稼げない~まずはホテルを引き払い、
~お父さん~お母さん~兄と兄嫁、そしてその息子、
それから弟…らが住むレイの実家にメンバー全員で押しかける事になったから家人たちは驚いた~!
…と思うよ。

しかも~それほど広くない家に(失礼だろ!)ドワァ~~~~っと雪崩込んで来たからさぁ~さぁ~へんたい~大変だ~!

「プール付きのホテルは~?」
「女給さんはぁ~?」
「フクチャンたら~メイドだって~」そんな不安定な精神状態の中、
サダヨシ「・・・(殆ど発言ナシ)」

まずホテルを引き上げレイの家に着いたその日にまず一悶着があった。

それはミーティングをしている最中に起こった。 
オレとマリエが些細な事で激突!
(この辺はとても書けない内容なの…です)

余りの罵倒にいた堪れなくなった小心者のオレは、
ミーティングの途中家から外に飛び出してしまった。

飛び出した~とはいってもここは異国、
ドコに何があるか解からないし、
もしかしたらこれはとっても危険な行動かもしれないのである。

取りあえず「~とにかく頭を冷やそう~」と散歩、
道に迷ったりしたら大変だ~方向音痴なオレは一本道から逸れないコースを歩いた。

「たしかレイの友人トニーが近くで飲み屋をやってるって聞いたけど何処かなぁ~?」
トニーの事を思いだした。

レイの家から100メートルもしない辺りに数人がたむろする飲み屋の如き建物を見つけた。
~呑兵衛はそういう場所を嗅ぎ分けられる力がるのである・・・自慢になリマ編~

中を覗いていると、店の奥、何やら忙しそうに動き回っているトニーの姿が確認出来た。
「ハーイトニー~!」、
いきなりの出現に驚きながらもすぐ人なつこい笑顔となったトニーは…「ナカ~ノ~!」。
入れ~入れ~と手招きし、店の中に案内してくれた。

いきなり見たことのない男の出現に「こいつ何者だ~?」と驚きを隠せない面々に…
タガログ語だから解らないが…(おそらくこんな会話だと思った)
~「こいつはナカーノっていってレイのバンドでドラムやってるんだ。
数日前フィリピンにやってきた・・・・・ナンヤカヤナンヤカヤ~ガヤガヤ…」
常連らしき人達にトニーは僕を皆に紹介してくれた。

「ナカーノ ユワナドリンク~?」
「I like Its! but I have no money」
「OK~!OK~!」
そしてボクの好物(って言うか?アル中のオレだ)であるビールをトニーは出してきてご馳走してくれた。
「サラマッ」(ありがとう)会話は僕と皆の片言英語、
土地によってタガログしか駄目な所もあれば、英語を悠長に使う土地もある。
ここサンタメサは片言のようだったが~オレのインチキEnglishよりは数段上手かった。

そんな片言英語とタガログ&ボディーランゲッジで話は繋がり、何回も笑いの渦に飲まれる。

デジャビュ?…なんか前からここに住んでいて皆とも昔からの友人知人のような感覚を不思議に思いながらこの場を楽しんだ。

とても楽しい、たまに上手く説明できない事もあって悔しい思いもしたが楽しい事に変わりは無い、
「しかしこの先どうなるんだろう~?」っと言う思いも頭を過らせていたら~
「あれ~中野さんこんな所で飲んでるよー!」と言って、
フジオカトフクダ、そしてレイがやって来た。
「外国だっていうのに一人で出歩いて酒飲んでるよ~」
「ったく中野さんたら~度胸が良いって言うか・・・・・バカって言うか・・・・・」
「バ・・・・・バカはないだとう・・・・・ハァッハッハ」皆呆れている。

その先マリエとは仲直りする事なく、
ズ~っとその妙な関係を持続するしかない。
精神的にも正直つらい、

取り合えず次の日からリハーサルが始まる。
スタジオで? イや違う、レイの家の庭でだ!
音を出していると物めずらしいらしく人が集まって来た。

門の鉄格子から覗く者、塀にヨジ登って観ている人。
中に入ってきて近くに座り込んで観る人。
目が合うとニヤッと笑う人。
恥ずかしいのか目を反らす人・・・・・色々だ。

しかし仕事が無い!
来る前の話・・・・・女給さんプール付きのホテル・・・・・なんてとんでもない~!

大分状況が違ってきたゾ!
滅相も別荘もない~!(座布団~?)

★「It's~フィリピンstyle」

状況を判断し、冷静に計算された裏付けなどなくても、
「もしかしたら巧く行けるかも!」は「きっと巧く行くはずだ!」
と思ってしまう発想、これぞフィリピンスタイル!である。

実際あったexample・・・・・
「立て替えてあった3万6千円約束通り今日返してね」
「ごめんナカ~ノ~・・・・・今日無いのよ」
「だって今日お金入るって言ってたじゃないの」
「ごめんナカ~ノ~・・・・・来週にはキットお金届くから・・・・・絶対だから」
「・・・・・本当かなぁあ?」
「何言うの!本当だよ!この目がウソ言ってると思うかぁ~?」
確かに目にウソは感じられなかった・・・・・が、
当日・・・・・「約束だったよね・・・・・今日」
「ごめんナカ~ノ~何かトラブルあったらしい・・・・・だから来週は絶対だから」
「・・・・・本当かなぁあ?」「何言うの!本当だよ!この目がウソ言ってると思うかぁ~?」
確かに目にウソは感じられなかった・・・・・が、

数回…繰り返された。
・・・・・確かに・・・・・目は・・・・・ウソ付いているようには見えなかった。
だって本人はその時・・・・・例え帰す当てがまるっきり無かったとしても、
その時は実際返せそうな気がしているのだから満更嘘をついている・・・・・と言うワケではない。
だけど・・・・・そのスタイル・・・・・日本ではダメあるよ~!

とても暑いこの地域、たいした仕事もなく、
でも毎日をおいしいビールを飲むために生きている。
そんな風に彼らの行き方を感じたがそれも一つの幸せな行き方であろう。
今思うと時々羨ましくなる。

ただし!日本のスタイルにはマッチしない。
ただの怠け者と捉えられるのがおちだ。
この地でクールに状況判断が出来、頑張れる人はきっと経済的にも大成するであろう(外車を何台も持ち大成している)。

tobacco・・・・・
こちらに着いたばかりの頃、
タクシーの近くに寄ってきては「cigarette!cigarette!」
よく見ると、彼らは箱で買うのではなく、
なんと「Marlboro、3本」「luckystripe2本」という風に、
タバコは数本買い。  
ソレを見て「貧乏くさいナ~」と思っていたが、
数日後には自分も金欠病となり「Marlboro 3」と言って本数買いしていたのだった。
 
トニーの飲み屋に行く。
たまたま買い置きしておいたタバコを1箱テーブルに置いた。
するとそこにいる顔見知りの知人は良いとしても、
ゼンゼン見た事もない人もまるで自分の持ち物のように箱に手を出して勝手に吸い始めた。
「礼儀を知らないなー? 」と不思議そうに見る僕の表情を察してかトニーが、
「ナカーノ、it'sフィリピンスタイル」と言って笑った。
持っている人は台の上に置く、
それを皆が勝手に吸って良いのだ、
ビールもそうだ、その時お金持っている人が1ケース買う、
ソレを飲みたい人がケースに手を入れ勝手に飲む、
現にオイラもゴチそうになっているのだった。

しかし頂いてばかりではなんとなく居心地が悪く思ったある日、
久々の仕事でギャラが出た時はトニーの所へ飛んで行ってビール1ケース注文して皆にご馳走した。
 
その場でその時に持っている人が持ってない人へ施す事はやはり宗教心(カトリックが多い)から来ているのだろうか? 
貧富の差の大きいここフィリピン。
「人にあげてばかりでは損するジャン!」
と思ってしまったオイラは心の貧しさを知らされたのである。

・・・・・当然今は元のセコイ祐チャンと成り下がっているのはもうどうしようもない事実なのであった。
この辺はまだまだ・・・・・さてこれからが大変なのでしたぁ。

続く…チャンチャン~!

そして~とても思い出深き出来事へと発展したのであった~!
それは~フィリピンのjazz(fusion)貴公子・ボーイ・カテンディグとの共演!だった。

……続く…!

フィリピン音楽界特にjazz界において著名なkeyboard奏者。
その名はボーイ・カティンディグ。
父がjazzじゃなかった、現地フィリピンメインストリームjazzピアニストとしても著名であり、

ラジオでの音楽番組を持つボーイの名は、
音楽好きである殆どのフィリピン人が知っている。

ちなみ~日本に戻ってからフィリピンの生徒を受け持った時があった。
「ねぇねぇ~ボーイカティンディグって知ってる~?」聞いてみたら…「はい知ってます~」大きく頷いた。
「私フィリピンに行った時、ボーイと共演したよ~」に「へぇ~ホントウですか?」と目を輝かせたのだが…、
疑るような目でもあったので「ホホ~ホントだよ~オレの目を視てよ~嘘言ってる目じゃないでしょう?」
後から考えたらこのフレーズはフィリピン人Rayのフレーズだったから~ウケル。

演奏だけではなく、ラジオで音楽番組を持っている彼は国の人気者であり、
それは日本で著名なカシオペア(Casiopea)向谷が日本で知られている比ではない(失礼だろ!)。

そして実は~音楽好きの多さも、度合いも日本の比ではない。
それは~幸い(?)発達していないことによる楽しむアイテムが少ないこと=選択肢が狭いことも少なからず影響していると思う。

そうだったそれは~ある日、仕事もないままダラダラと練習したり、 
ブラブラしていた我がバンドILLUSION(レイが名付けたバンド名…我らのストーリーこそイルージョンだわ!)。

ある日たまに遊びに来て我々と一緒にギグして遊んでいったギタリストのルディーが、
ボーイカティンディグバンドのギタリストであったことから端を発し、
「ボーイが1日だけのドラマーのトラ(エキストラ)を探している、
ナカ~ノ~ 演らないか~?」っという願ってもない話をルディーが持ってきてくれた。

ナゼかギグ(演奏日)その日に、レギュラーのドラマーがつかまらないらしい。 
当日そのドラマーが来る可能性は無きにしも有らずで…、
したがって念の為と言う事らしい。
ギャラはそこそこと出ると言うし、断る理由は何も無い。
…イヤ、むしろ楽しみだ! 当然受ける。
 
トニーを始め、ここサンタメサ周辺では「ナカーノがボーイカティンディグと演るんだってョ」 
という噂は即広まった(チョットオーバーかも…メンゴ)。

当日知人の車に乗せて行ってもらい現場へ、
セットはそこのセットを使う、結構ボロだがしょうがない。
セッティングしているとボーイ他メンバーが集まって来る、
この話を持って来てくれたギタリストのルディーが皆に紹介してくれた。 
一人一人と握手しながら分かち合う。

ボーイは中々男前だ。
人気者とは?そういう事なのだ、音楽的才能プラスα~が必ず付いてくる。
これも神様の思し召しなのであろう~?
じゃ~オレの場合は…これも神様の思し召しなのであろう~?…どういうコッチャ!


挨拶もそこそこに速リハに入る。
「ナカ~ノ 」「Yes」
「you know~?」といってボーイはメロディーを何曲か弾き出し、
「I know」と答えた曲のリストにチェックを入れていく。

譜面はボーイの簡単なオリジナルで使われた超簡単なメモぐらいしかない。
他のメンバーも譜面など見ない。
おそらく彼らはレパートリーの全てを身体の中に入れているのであろう。

以前、岡山のキャバレー時代、と思われるチェンジバンドのフィリピンの連中が、
日本で流行の曲を次々にコピーし、店で披露し、人気を博していた。
そういえば、こちらに来てか後シェーキーズのステージやら、
ホテルやらでフィリピンバンドを鑑賞する機会が数回あったが、
彼らが譜面を前に演奏するのを見たことがない。

おそらくは譜面を読める人はかなり少ないと思う。
譜面を頼りにしすぎるよりも勘が鍛えられる耳コピの方法は、
断然音楽的な学び方だと思われる。

しか~この難曲を明日披露しなければならない。
あるいは初めて聴く数曲を数時間後に披露する、
いわゆるライブにおいてオタマジャクシは~とても都合の良い存在なのである。

ただ!
頼りすぎると元々持っている感性は鈍くなってきてしまうのである。

「ナ~カ~ノ~」「Yes~!」
「you know~?」イントロをボーイが弾き出したのが俺も大好きなチックコリアの「Spain」だった
「oh イエイ~!I like it~so very like~!」などとインチキ英語で答える。

当然ドラムソロ付きだ!
本番が始まり、そして数曲を何無くこなし滞りなくステージは進んだ。

そしてこのファーストステージのラストを飾るのは~SPAIN(スペイン)!
テーマが終わって、ギター、キーボード、とソロが進み次はオイラだ、
ボーイがソロを弾き終えこっちを向き笑いながら~
「ヘイ!ナカーノ!カマーン、カマーン!」
メンバーもこちらを期待の目で見ている。

「えい、ままよ」とソロに入って行く。
終わってから振り返ってもどのように演奏したか?、
特にソロに関しては殆ど憶えていない事がたまにある。
この時もそうだった。
終わった瞬間に良かった!余り良くなかった!という感触の記憶だけはある。
SPAINはどうだったか? 

良かった筈だ!
それは周りを見れば分かる。
皆がスタンディングオベーションだったからだ。
ある程度の満足感のうち演奏が終る。
メンバーとも笑顔でシェイクハンドだ。

国柄か国民性か、こっちの聴衆は喜怒哀楽を体で表現する。  
終ってから話し掛けてくるのに遠慮はない。
皆握手を求めてくる。
タガログ(フィリピン語)で良く解らない、
きっと「良かった良かった!」と言っているのだろう。 
怒っていない事は確かだ、顔が笑っているからなぁ~怒りながら笑うのは竹中直人の芸でしかオレは知らない。
 
そして2ステージ目が始まろうとしたその瞬間ドラマーが現れた。
自己紹介をし合い、2回目以降のセットをレギュラードラマーであるエディーに譲り、
高みの見物とシャレ込んだ。
そしてこのエディーのドラミングがまた凄かった・・・・・のだが~!
…ヤクが…切れた~? 
その後の演奏は…????
続く^チャンチャン~!



そして2ステージ目が始まろうとしたその瞬間ドラマーが現れた。
自己紹介をし合い、2回目以降のセットをレギュラードラマーであるエディーに譲り、
高みの見物とシャレ込んだ。
そしてこのエディーのドラミングがまた凄かったのだ~!

ビールを飲みながらどんなドラマーか興味津々眺める。
「凄い!スゴイ!良いドラマーだ」一曲目が始まったと同時に俺は察知した。

躍動感が有って、シャープで、オイラの好きなだった。
「ボーイのバンド~結構良いジャン~」
彼らのgrooveを楽しみながら演奏を見ているとメンバー同士アイコンタクトを取っている。
再現してみよう!
~まずボーイがキーボードを叩きながら~「今日は凄いなーどーしたんだー?」と言って(そのような表情)ドラマーのエディーを見る。
エディーただ笑っている。
メンバーも皆笑顔で顔を見合わせている。
その様子から、特に今日エディーの調子がいつもよりも良いことが伺い知れる。

次にボーイは~「キメテきたんじゃないの~?」といって(表情)腕に注射を打つジェスチャーをする、当然演奏中だ。
エディーはやはりただ笑っているだけ、否定はしない。
 
セットが終り、凄く良いセットだったとメンバー、そしてエディーにその感動を伝える。
そして休憩を挟みラストセットに入っていった。

オレの出番はないでルービを飲みまくりはがら彼らのplayを楽しんでいると…。

するとどうだ~!
リズムに少しずつ乱れが生じてきているのが聴き取れる。
演奏に躍動感は無くなりバンド全体が何かギクシャクして来た感じとなっていった。

メンバーもそれを理解しているらしくさっきまでの笑顔は既にない。 
ボンドにおける底辺的な役割は~ドラマーが責任を持つべきだ!と俺は思うし、
某著名ドラマーポンタ氏も~
「どんなに回りが良くっても、ドラマーがイモだったらバンドは○ソだ~」

エディーの顔を見ると少し青ざめ冷や汗をかいてる。
エディーのプレイがここに来てガクッ!と落っこちたのだ!

お解りでしょうか? 
そうですヤクが切れたようなのです。

演奏中ボーイがキメテきた?のキメルとは?
服装をキメル~や、参議院選挙でだれに投票するか?を決めるのではなく、

クスリ(薬・ヤク)をやる事なんです。
クスリといっても風邪薬や葛根湯などではなく、
この場合はマリファナ?覚せい剤系?(詳しく知らないのでチャンと説明できないがハッシシ、LSDかも?)のクスリのようなのです。

覚せい剤~っというと思い出すのが…
昔、オレの大町キャバレー時代でも覚せい剤が回りで流行っていて、
ボーイさんとかヤ○クとかが隣の部屋などでやっていました。 
親友のトモヒコもコタツに入っているオレの横で打ちまくり「どうだぁ~中野もやるか?気持ち良いぞ~!」
「…オレは別に良いよ~」
「中野ならタダで良いぞ~」と~誘われた。
ヤンナイ~っつーの!
ホホホ~ホントだよ~!(動揺してるのが怪しい?)

クスリをやるとどうなるのだろうか? 
オレはやった事が無いので想像と聞いた話でしか語れないが、
「悪魔の力を借りる」とでも言ったら理解できるだろうか?
…曰く~疲れがふっ飛ぶ~たとえ何日間寝なくても大丈夫~超元気! 
~集中力が増す!…したがって徹夜の麻雀とかに最高らしい。
奥深くに存在する精神的な良い部分をヤクによって出し切る事が出来る!  
絶好調なナカハタ状態(例えが古いって)を継続させる~?

自分の良い「部分が」~なのであって、
したがって前提条件として「良い部分」が無いとヤクをやろうが薬師丸ひろ子にメールを出そうが、
返事は来ないワ、ホワンホワン~気持ちよくなるだけで、もぉ~何もない~!が~関の山であろう。
でも~「良い部分」を持ってると~自分の持ってる最上級の精神力&感性が瞬時に集約され、
playにそれが現れる?~と言ったところだろうか?

たとえ麻薬を使ってその時だけ良いplayが出来たとしよう。
所詮は自分の躰を使っているワケである。
したがって薬が切れた時には、普段の使われ方と違う方法で肉体、
精神共に使い切ってしまい疲労困ぱいしてしまった神経は、
何も出来なくなってしまう~と推察する。

それは正にこの時のエディーだった。 
さっきまでは最高の演奏をしていた!と思うと、
ヤクが切れた途端、必要以上に疲れ切った肉体が残った。
そんな状態で良い演奏等出来る筈が無い。

えぇ~?そうなったらまた打てば良いって?…知りません。

しかしココゾ!って時に、何時も以上の演奏が出来るとしたら、
演奏家(表現者)たる者、興味を示す人がいてもおかしくない。 
これなら「もっと良い演奏をぉ~!」「極上のgrooveをぉ~!」
っと強く願うミュージシャンであるならば、
欲しくなってもしょうがないでしょうね~!って、そんな事書いちゃ駄目でしょう!
 
そりゃ多少興味はあれど~オオオレレレ~はマジでやってません。
もっとも例えやってたとしても、そんな事は言えっこない。 

さて演奏は終了~皆笑顔でイェイクハンド。
フィリピンに来て、初めての収入であるギャラをいただいた時の嬉しさはまた格別だった。
さぁ~てこのギャラで一番したかった事~?
それは…町へ飛び出し~女子を買いに~って~?

違います~!

フィリピンstyleは~ある人は無い人に与える。
貧乏金なしでアル中だった(今も?)オレ、ただ酒をご馳走になっていたオレ。
真っ先に飛んで行った先はトニーの飲み屋だった。
「ヘイトニー~beer・oneケース~ノーno~2ケース」
ご馳走になった分皆にご馳走したかったのであった~!
これぞ~フィリピンstyle~チャンチャン~!

◆祐ちゃんの純情・フィリピン物語~しょの~いよいよ後半~!
a la carte~!

○フィリピンでも風邪!
熱が出て、頭が頭痛で、お腹が腹痛ダ! どーしたのだろー?
この体調の悪さは早く医者に掛かってくれ!
と躰が悲鳴を上げているように感じた。
しかしここはフィリピン。
タガログ語は勿論の事、オレのインチキEnglishなんかマジでヤバイ。
「どうやって症状を医者に説明したら良いのだ?」と悩んでいると、
サックスの藤陸が辞書を片手に付いて来てくれるそうだ。
持つべきは仲間「あーりがーたやアーリガータヤー♪」
車を呼んでもらい病院に行く、

乗り込んだメンバーは~オイラの日本語とカタコト英語、それを英語に訳すフジオカ(辞書片手にジェスチャー付きで大奮闘)。
そんな発音の悪い俺たちのインチキ英語をタガログ語で医者に説明してくれるレイの兄さんマイの3人だ。

これら3カ国語が入り混じりの3人のジェスチャー付き、
勝手な事を言い合う珍道中を大人の先生はチャンと処方して下さり「風邪ですね」診断される。

注射を打って貰い、薬も頂く。
ホントの事言うとフィリピンの医者って大丈夫なのかなー?
衛生的にも大丈夫かなー?
と、あんまり信用してなかったが心配する程の事はなかった。

マカティーなどの大きな街に行けば東京のようにビルが乱立していて、
とても大きなマーケットがある。
但し貧富の差は激しく、土地によってはヤバイ所(病院など)も有るであろう事は察しが付く。
家に帰って再び床につく。
当然練習も参加出来ずに2階の一室で寝たきりとなる。

トイレにはやっとんことで辿り着く事は出来たがそれ以外は起きられない。
熱は40度を越えたまま3日たった。
隠し持っていたマリファナをプカプカさせマイルスデイビスを聞いているとドアをノックする音。
慌てて麻リチャン隠す!

「シゲオってさぁ、重い男と書くんだよ、音符も重いからなぁ~ガァハァッハッハッハァ~」が口癖、
ピアニストのフクダが入って来た。
「風邪だってぇ~? っで~どう~?」

何時もクールに人生を送っているよう見えるフクちゃん、
彼なリに心配してくれているようだ。

病人は見舞いに弱い…「福田って良い奴だなー」と痛切に感じたが、
ひとしきり話した最後の福田の一言が~今でも忘れられない。

「今日も40度超えたぁ~? 40度の熱が4日続くと死ぬそうですよ!それじゃ!」
それじゃーって・・・・・明日で丁度4日目だっツーの!

「まだ死にたくないよー!しかもこんな所でー!」
さすがにこの時ばかりは心細くなって布団の中で泣いてしまった。
何で俺ばかりがこんな目に遭わなければ行けないんだよ~~~!!!!と叫びながら~5日目に治った。

○ある日、レイの家のお手伝いさんが泣いていた。
ワケを聞くと、昨日彼女の兄が頭をナタで割られて死んでしまったそうだ。
その場所は此処(レイの家)から数百メートルの所だ、
犯罪は身近に起こりうる国フィリピン。

こんな事もあった、皆でマーケットショッピングしていた。
目を引いた店が有り皆と足並みが外れ、オレ一人はぐれそうになった。
するとフィリピンの知人は厳しい態度で「ダメ!1人だと危ないよ、ホールドアップヨ!」としかられた。

○フィリピンのポリスマン!
トニーの所で飲んでいると色んな人に出合う事となる。
今宵はポリスマン、警官のお出ましだ。
そのポリスマンは「パトロール中だ」と言って入って来た。
皆知り合いのようでそれぞれ挨拶を交わしている。
「ここに居るのがナカーノダ、早く捕まえろ!」
「そうだそうだ逮捕逮捕~!」と言って僕をポリスマンに紹介してくれた。
握手をして僕の隣に腰を降ろしたポリスマンはビールを飲み始めた。
「パトロールなのにお酒飲んで良いのかい~?」…等と野暮なことは聞いてはいけません。

ここはフィリピン、ここにはここのスタイルがあるのだ。

何気げに見ると太いベルトにガンホルダーが付いていてその中で拳銃が黒く光っているのが見えた。
即座に「その銃はスミス&ウェスソンのリボルバーでしょう?口径は38かなぁ?」と聞く。
「Yes~!」と言ってホルダーからガンを出した。
触りたい一身で手を銃に差し伸べたが引っ込められた・・・・・当たり前だ。

実はオレ…ガンマニアだったのです。
過去にモデルガンを何丁か持っていたのです。
・ルガーP08・ワルサーP38…普通のタイプと、
昔 TV でやっていて夢中で見ていたスパイ物0011ナポレオンソロとイリヤクリヤキンが使用していた銃身が短く、
消音機が付いたアンクルタイプの二種類。
・ワルサーPPK(007初期のボンドのモデル)
・S&Wスミス&ウェッソンリボルバー38口径
・南部拳銃・・・・・他何丁か持っていた。

モデルガンっと言えば、昔、大町(キャバレーサクマ時代)の知人より電話が入り、
「近々中野の所に警察が行くぞ」「ナナナナ!何だって~?」
「昔ナベ(サクマ時代の変態{ホントの変態}ギタリスト渡辺)にモデルガン売っただろ?
それを使って悪戯して捕まり中野の名前を出したらしいズラ~もう時期ズラ~」「ゲゲゲのゲ!又パトカーに乗せられるのか?(又って)」
幸い?パトカーには乗せられなかったが、警察より出頭命令が下され調書を書かされた。
あの頃のモデルガンはとても精巧に出来ていた。
一寸見には本物に見えて危険ということでプラスティック製なったり、
口径に詰め物をしたりして見た目をオモチャっぽくしなければいけない法律になったのがこの頃である。
今でもたまにオモチャ屋にモデルガンが置いてあると手に取って「ムヒヒヒヒ」と心の中で笑う自分が居る。
でもそこに並んだガンは軽くて、見た目にもオモッチャっぽく、
少し懐かしい感じがするだけでて買う気にはなれない。

話が反れた、元に戻そう。


さかんに自分はガンマニアで~の話をする。
魂胆はお解りでしょうか?
そうです。まず触りたいのですモノホン(本物)に。
そして撃って見たいのですモノホンを、
しかも人に向けて!・・・・・それは嘘・・・・・。

時間は刻々と過ぎる。
パトロール中の筈のポリスも次第に酔っ払って来る。
「ポリスだというの、しかもパトロール中、酒飲んで酔っぱらって良いのか?」
などと言っては~やはりイケマセン。

ここはフィリピン、フィリピンにはフィリピンの掟が有る。
これもフィリピンスタイルなのだ。

トニーの店はお開きになり「good night」「sea you」「ポテイカン」、
それぞれのネグラに帰って行く、
とうに銃を触るのを諦めたオレも一抹の未練を残し、歩いて3分のレイの家に向かって歩きかけた。
すると「ナカーノナカーノ」後ろで声がし振り返ると・・・・・、
片手に銃を持ったポリスが近づいて来て僕の肩を抱き「一回だけだぞ!たったの一発だ!」
と言って銃を手渡してくれた。
その銃をトニーに向けた「oh ナカ~ノ~ NO NO~!」「ジョーク~joke~」。
銃口を夜空に向け一発「ダキュ~ン!」と撃った。
酔っ払いポリスマンに、
「サラーマ、ポ」丁寧(サラーマはありがとう、ポが付くと丁寧になる)お礼を言い、
やや興奮気味に家に帰る。

この興奮を誰かメンバーに伝えようとしたが全員寝てしまった後だった。
コラー!貴様らそれでもミュウジシャンかー!
ミュウジシャンたる者、そんなに早く寝て健康的でドースルー!!
しょうがなくその日は寝るが、朝早くから皆に報告する。
が、皆興味無さそうでガックリだった。

練習の為いつものようにレイの家の庭へドラムをセットアップしていると、
昨晩トニーの店にいた仲間達数人がやって来た。
「ナカ~ノ~、ナカ~ノ~!今日の新聞見たか?」
「見てないよ、どうかしたの~?」
「ナカ~ノ~お前大変なことしでかしたな~!
昨夜一人死んだゾ~、銃で打たれて、頭のテッペンから打たれたんだ」
「へ~!そりゃ大変だネ~」
「ナカ~ノ~昨日の晩、上に向けて銃を撃っただろ~?」
「うんうん~本物ってすごいね~」
「…喜んでる場合じゃないぞナカ~ノ、アレが当たったんだぞ!
だから犯人はナカ~ノ~ダ!」
真っ青になtって…「Is it true?????」
驚いたオレの顔を見て皆いっせいに笑い出した。

ひっかけたらもう用は無いのか、皆去って行った。
暇な奴等だな~・・・・・でも中々良いジョークだな!
っと思った。

そしてお次は~いよいよフィリピン~ラストとなる。

○フィリピンラスト
バンドではホンの数本しか仕事に有り付けなく、
メンバー間ではあきらめの境地だったその時~仕事が入ってきた。

大きな街マカティーにある「タバーン」という所での一週間のライブがフィリピンにおけるラストのギグとなった。

「タバーン」はフィリピンではメジャー級のお店でかなり立派な建物の1Fにあった。
そしてそういうお店はやはりチャージ料金も高かったようだ。

「一杯飲むだけで~ペソ(物価を考慮すると大体2千円弱だと思うが向こうでは大金だ)取られたよナカ~ノ~」と、
バンドを見に来てくれたトニーは半ペソ~違った、半ベソかいていた。

この店は2バンド制で、もう一つがフィリピンバンドが出演していた。
この頃(約40年前?)は日本にはキャバレー等が沢山有った。
俺たちと入れ替わり、チェンジバンドがフィリピン~というシステムが結構あり、
今回はその逆バージョンってワケだ。

だが・・・・・どっちがメインを張るか?(トリをどっちが取るか?)でマリエは店ともめていた。
リハーサルを見た限りでは、どっちかというと劇仕立てであったり、
歌もコーラスも良い(マリエより断然上手い)向こうのバンドの方がメインで良い~、
と俺は思うのだがマリエはそれを許さない。

「私達は日本では有名なんだから(モチロン嘘)、
外国から来てるんだからメインを張るのはillusionに決まってるでしょ~!」
マリエは断固譲らない。

最終的に日代り交替、と言う事で手を打つこととなった。
ったくマリエは我がままなんだから。
そんなマリエのワガママぶりを紹介しよう。
それはタバーンのクラブに急いで楽器搬入をしていた時だった。
慌て者の俺はデカくて重~い変圧器を自分の右足、親指当たりに落っことしてしまい激痛が走る。
見る見る右足の親指周辺は晴れ上がり、それは靴が履けなくなるほどだった。

何とかセッティングを終え、いざ本番へと向かった。
メンバーは「大丈夫~?」「それで演奏出来るのぉ~?」
心配の声をかけてくれた~マリエ~以外は~。

「腫れてるし、痛いし~靴履けないよ~」っと泣き言を言うも、
片足裸足でステージ登場は~幾ら何でもカッコワルイ。

登場は~笑顔よ~痛くても~お靴を履いて行きましょうねぁ~!
自分を慰めドラムセットの到着、客に気付かれないように右足の靴を脱ぎイザ戦闘体制準備完了~!
無難にステージは進み、ラストの曲は~全員が長めにソロを取る(取れる)派手目の曲が、おヤクソクである。

そしてオレのソロとなった、
一瞬回りをチェック、メンバーは福ちゃんもフジオカも心配そうな目でコッチを見てる。
実は~「足痛くて~グチャグッチャになったら~それも面白いかもね~?」~の目かも知れないが…。

当然痛いはずが、演奏中は集中するので忘れているのである。
アクシデントが「良いとこ見せなきゃ~!」などの余計な欲を消し、
思わぬ結果を引き起こしてくれる場合もある。

オレにとってこの時がそれに当たったようだ。
「もぅどうなっても良いもんねぇ~」
「足一本で死にはしない~!」
「え~い~ままよ~」
っと言った開き直りが功を奏したのか、
何時もの平凡なソロよりも(ホットイテ~)攻撃的(良い意味で)かつ起承転結ありの音楽的なソロとなったことは、
スタンディングオベーション~聴衆の歓声や拍手から理解できた。
と言ってもオレだけのへ歓声ではなく、
福ちゃん始めフジオカなどの素晴らしいメンバーによる結果であることはいうまでもない。
マリエはメンバーの名前を呼び~聴衆に紹介した…オレ以外のメンバーを…。
でも…根に持ってるワケではない。
機嫌を悪くした要因は俺にもある(筈)であろうから…。



そして「ユウちゃんピリピンLast!」

そんなこんなでフィリピン滞在記もエピローグだ。

オープンチケット2ヶ月ぎりぎり、
とにかく色んな出来事があった。

あ~!
突然思い出された記憶~

日本でレコーディングするより安く済むであろうフィリピンのスタジオで確かレコーディングもしたんだけど、
そこの記憶は余りない、

と言うことは芳しい結果ではなかったようだ。

他にも前夜にはロバータ・フラックが出演したっていうフィリピンにおいて一流ホテル(名前忘れる)でのLiveでは・・・
ある曲で終われなくなりフェイドアウトなエンディング~トホホ。

「Liveでフェイドアウトって初めて聴いたぜ~」仲間に笑われた。

これこそillusionだぜ~ウケる

当時フィリピンでの音楽事情・・・TVは日本よりも遥かに音楽番組が多かったようんに記憶している。

ジャズ分野で当時流行っていた(デパートやパブなど彼方此方から聴こえて来た)中でパッと浮かぶのが、
まずはスパイロジャイラ
~ウィキより・・・
スパイロ・ジャイラ(Spyro Gyra)は、1975年にアメリカで結成されたフュージョン・グループである。代表曲に「モーニング・ダンス」などがある。

他には~ALPHONSE MOUZON アルフォンス・ムザーンの「MIND TRANSPLANT / マインド・トランスプラント」一連のアルバム。

アルフォンスといったら初期のウェザーリポートの初代ドラマーでもあり、
その後マッコイタイナーのバンドで活躍した実力者がなんで突然ポップ路線のアルバムへと路線変更したのか、
それが私にとって不思議だった。
~彼のライドシンバルはほぼ90度に近いくらい鋭角かつ高い所にセッティングされ、
 彼が日本に訪れ、去った後~Pitinでのドラマー約8割が、似たようなセッティングになった~って言う記憶が、
 そういう私だが~

でも~結構売れたんだよね。
ハッキリ言って~解りやすい楽しさがあったように思う。

ウェザーリポートと言えば日本でも人気だ。
ところが!
フィリピンでは一般の友人はもとより、
音楽仲間であれ、ウェザーリポートを知る者はいなかった。

この辺不思議ですよね?

その国の気候が国民性などを大きく左右するのは言うまでもない。
ほぼ毎日が暑いくらい晴れ渡る。

そんな気候の関係もあってか、
楽しませるか?
泣かせるか?
ハッキリ勝負に出てこないモノに対して興味がないように思うのですがどうでしょう?

インテリジェンスでは此処で勝負出来ない・・・みたいな。

暑い一日が終わり、美味いビールと食事、
銭儲けよりも家族との団欒があればそれで幸せさ・・・みたいな、

いいね

さて帰国当日だ。
とてもお世話になったトニーや仲間、
そしてレイの兄弟、
特にパパ、ママとは強いハグをして別れを惜しんだ。
この時、皆に対する感謝の気持ちはとても強かった。
こういう場合、我慢しても、やはり涙がつきものである。

みんなに見送られ、車はマニラ空港に到着。

2ヶ月前に降り立ったこの場所、
マニラ空港にはこの日も沢山の人がタムロしている。

搭乗手続きに向かう僕らにポリスが寄って来た。

耳元で言う「このバッチ買わないか?・×・ペソ・×・ドルで良いよ~」
と言って胸に着けたバッジを指差した。

「nothanks」断って歩き出す。

一方を見ると荷物を没収され、ポリスに捕まっている光景が見えた。

「お金さえあれば見逃してもらえるに無いから捕まった」とレイは教えてくれた。
それも、さもそれが当たり前のように。

金さえあれば何でもアリなのか!
と少しイヤな気分になる。

この年のフィリピン大統領はマルコス。
「誰か有力な立候補者が出ると即バーンだ!」と言って鉄砲を撃つマネを地元の人はしていたっけ~?
それもまんざらジョークではないらしい。

フィリピン!

一見とてもフレンドリーであり、気候的にノンビリした感がある、
反面、金の為なら何でもアリの結構怖い部分も有る。

日本は治安が良く、とても安全であり、
それを当たり前にとらえていると、とんでもない事に遭うであろう。

怖い物知らずで、騙され易く、油断が多く、
フクシマの一件が未だ片づいていない中、
「アンダーコントロール」を信じ自民を良しとする幸せボケな我々ニッポン人は、
外国に行く事があったら気を付けなければいけませんよ~。

何だかんだで約2ヶ月が過ぎ日本へやっと帰って来た。

僕の買ったドラムセットはフィリピンに置いてきた。

レイ曰く「持ち帰ったりしたら又お金掛かるよー、
 こっちの方が高く売れるから任せてよ、日本に帰ったらお金渡すから」
「本当に~?」
「ナカ~ノ また信じないの~」
「また僕の目を見てよ~ でしょ?」
「・・・」

我々より少しの間フィリピンに残るレイ夫婦と別れた。

そしてそのままレイとは連絡が途絶えた。

そればかりではない、
フィリピンの置いてきたドラムセットの残ったローンを始め、
家賃滞納分、
車検に出しておいた駐車料金を含んだ請求書。

その他モロモロ!

しかも~2か月分の収入が無かった訳だから~さぁ~もぉ~変態~イヤイヤ~大変だ!

哀れ祐ちゃんは・・・・・ローンレンジャー っとなってしまったのであった。
~それは今も何故か変わらないって言う・・オチです~

でもたまに又フィリピンに行って見たい、
トニーを始めパパとママそれからみんなに会いたい。

その思いの強さからであろう、
時々夢に彼等が、フィリピンの町並みが出てくるのであった。

人生において意味のないことはない。
ここからユウジは何かを学んだはずだ、
キット何かを・・・そうあって欲しい!

FINE

まったく個人的な情報であろう長い物語~読んで頂きありがとうございました。

チャンチャンコぉ~!

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新祐チャンの純情~2015

yuuji

数年前に書いた日誌が見つかって、
前にもアップした記憶があるのだが~、
それが面白く感じで書き直したりして当時を振り返ってみたりして悦に入っているのであった…。
別に本になるワケでもないのに…そんなことしてどうするの~?
なんて聞かないでくれ~。

著名な人のなら興味も湧くだろうが、
よろしかったら…長いけど…。

11:45 2007/06/14
第二弾! 祐ちゃんの純情!
オレが17歳の時。
田舎は長野県信濃大町(実家からはチョット遠い)にあったキャバレー『さくま』・・・・・
っと、こう描いただけで懐かしき心がついつい疼いてしまうオレの青春の思い出!
プロとしての、又一人暮らしの始まりでもあり、
それは1972年夏の暑い日、
ユウジのドラマーになるためのドラマが始まった歳なのであった。

サ~困ったゾ! 
キャバレー「さくま」のオーディションを取り敢えずは合格した。
が、今思うと、その時の先輩ドラマーだった丸さんこと丸山省吾氏は、
数年後、大きな夢を胸に秘め上京を急ぐオレのケースと全く状況は同じように、
多少ヤバい部分はありはしたが、
バンマスに「良いズラ~」っと進言し、
数日間引き継ぎのようなことをして早々と上京してしまった。

さて、何が困ったかって~?
それは譜面である。
横で丸さんが教えてくれていたからこそそれなりに演れたワケだし、
「これってどう読んでどう叩けば~?」教えを請うことこそ出来たのであるが、
丸さんがいなくなっちゃったら教えをこ…そんな簡単に読めて即座に演奏出来るワケがない。

それでもナントカ頑張って必死になりながらも勉強していくうち、
自分流ではあるが、読み方を習得していったようだ。

早く読めて、良いプレーヤーにならないと…といった危機感を感じながら、
練習時間をたくさんとって、
まさに実践を伴う毎日は否応でも上達は早くなるというものである(自分で言う~?)。

イヤ!
何しろ極力単位間で修得しなければいけなかったのだ。
って言うのは、たとえ田舎のキャバレーといえども毎日ショウがあるからネ~!

キャバレー『サクマ』には元々所属している専属歌手が二人いました。
以前とても美人で人格者でもあり、超有名な芸子はんで、
それをスケベバンマスの伊藤さんがモノにした菊姉さん、
そして前川 ヒロシさんの二人であった。

そしてショータイムには、
あの憧れである東京の事務所から、
歌い手さんやら踊り子さん、
踊り子さんといえば殆どがヌードである。
ウッシッシ…失礼…。

また漫才やら色んな芸人さんが来るのであった。

時にマジックもあれば無茶苦茶ゴイス(凄い)なドラマー
(もの凄いスピードで叩く、歌、笛をうまく駆使しながら、やはりもの凄い早さでドラムを叩く)が来たり、

ビートキヨシも来た。
そのときの相方はタケシではなかった~? と思う。
店が終わってから一緒に飲んだ。
ホステスとくっついた、
これホント、まだ売れる前の話である。

金粉ショーなんてのもあって、
これには笑えない~ケド笑える話があった。

全身に金粉を塗って踊る。
皮膚呼吸の関係で、ある一定の時間までに体を洗い流さないと危険な状態となるらしい。

渡された譜面 にもテンポが記入されていて、
普通にいけば余裕で時間内に終わる筈であった!
筈であった!
っということは、普通でなかった瞬間が存在したことを意味するのです。

今に思うと当時のバンマス伊藤のオヤジ。
割といい加減な所があって、
「ありゃ~? こんくらいだっけなぁテンポ?…まぁいいや、
アァ~ ワ~ン ァ ツ~ ァ スリ~ァ ホ~」
すごく遅いテンポで出てしまったからダンサーはたまったもんじゃない!

ショーがスタートして4分後あたり…金粉ダンサー顔色が変わった(金粉で見えるかい?)!
金粉兄ちゃん手を小刻みに振り振りしてバンドマンに何かアピール。
バンマスはもうお酒が入っていてウトウトしかかってるし、
他のメンバーは目は譜面に釘付け、
たまたま目があった金粉野郎とオレ。
手の振り振りが上に向けてだと、
「テンポ上げヨッ!」の合図、
手の振りが下へだと「テンポ下げて」、
なんていう合図をテンポ勘の悪いオイラがしょっちゅう目にするのはもっと後のことである。

「伊藤さん伊藤さん!」バンマスに異変報告。
ようやく伊藤のオヤジは異変に気づき、
テンポを急激にアップ、無事、事なきを得た。

後で金粉兄ちゃんに怒られるのはバンマスではなく新米のオレなのであった。

ショウ~と言えば、
比較的多いアレ、あれ、それはお馴染みストリップ!
ショウによってはもの凄く難しいスコアーの時もあれば、
ウッシッシ…失礼!

メモリー(適当にスタンダードを演奏して良いよって事。これだと譜面 見なくて良いので、ストリップに集中でき…)も有り、
ショウが変わって初日にはどんな譜面 が来るのか?
最初のうちはコワくて恐ろしくてどうしようもなかったのだけれども、
譜面に慣れてくると怖いような、楽しみなような。

しかももっと譜面が読めるようになってくると、
メモリーや簡単な譜面にはガッカリするようになって行くのにさほど時間はかからなかった。
ガッカリしながらも…目は…ダンサーの~ ウッシッシ~失礼

ホンのたま~に素晴らしいアレンジに出くわす事もあって、
譜面の右上を見ると~NORIO・MAEDA~なんてサインが見えたり…。

そんな時は ミュウジシャン冥利に尽きるワケでございます。

そしてなんと言ってもショウとしての頻度の高いのは歌い手さんである。
お客は男が多いからやはり女性歌手に限られる。
もちろん演歌、ポップス etc.

当然譜面を手にいろんな人が来ました。
約2週間単位で交代していく、
というスケジュールのようでした。

このころ、オレは沢山練習したな~!

朝は家で板を叩いて。
当時練習パットなんて洒落たものなど無く、
どこかで拾ってきた分厚い板。

それを毎日毎日コツコツと…。
小さなことからコツコツと…なぁ~んて。

ロック野郎だったオレはいつの間にやらジャズに染まり。
ジャズならレギュラーグリップでしょう!
ってんでリギュラーグリップの練習に明け暮れた。

午後は店に行ってセットで練習。

それから銭湯に行って汗を流す。

飯を食らっていざ本番の毎日!

店が終わってから今度は付き合いで酒飲みの世界。
そのうち店に入る前から行きつけの店「シャモニー」に寄って、
ボトルキープ(サントリー・whiteしかも大ボトル)を出してもらい一杯引っかけから店に入って演奏。

知っている人も多いと思いますが、
オイラらは酒好きです。

毎晩毎晩、ボーイさんや、友人、バンド仲間等、
毎晩毎晩飲みに連れられて行ったのが、

今となって思うと毎晩飲むのが習慣になってしまった要因ではないでしょうか、
というか、もともと好きで強かったと言う事もありますが…。

でもソレジャ アル中ジャン! はい!

もうこの頃から~アルチュハイマー症候群だったワケであります。

そして恋らしき恋をしたのもこの時。
自分で言うのも何だが、
それはそれは、まるでTVドラマのようなストーリーなのだったのである。


続・祐ちゃんの純情!

この前はどこで終わったっけナー?  
そうそう、TVドラマのようなラブストーリー!まさにドラマー!
だっけね!
では行ってみよー!
~    
いつものように店で練習していると電話が鳴った、
誰も出ないようなのでオレが出る。
「歌手の~~です。今大町駅に着いたんですけど」、
「あれ~?専務がお迎えに行ってないですか~?」
いつもならば専務が迎えに行っているはずなのになー、あのスケベ専務が~、
と思いながら…「じゃボクが迎えに行きますからそこで待ってて下さい」
そんな訳で私が駅にお迎えに行くことに成りました。

これがすでに運命めいていませんか?

駅に着き、お会いしてみるとアラマぁ~!綺麗かつ素敵な方。
ちょいとドキッ~! なのであった。

…続く…

続くンカイ~チャンチャンコぉ~!

◆今日の【lesson・練習日誌】
一人目Uさんはエレクトーン講師でもある~ってことは、
ドラムもそうだがgrooveに強い興味を持っている。
またマニアックなexercise…五種類の4分音符(・4分・8分・3連・16分・16のswing)をplay!をやった。
何時スティックを上げるか?からoff・upbeatを学ぶのだ。

二人目はPM●ドラム講師でもある山チャン。
前回レクチャーした大人数Saxセクションとの発表会演奏。
プレイバックを聴きアドバイス。
「brushが楽しくなりました」に、
「それはね~以前はただ回してただけだったけどヂュ~ア~とかダァ~アとか歌わせたことで何をどうプレイしたら良いのかを理解したんだよ」
と答えながら…
「ナカノ~brushってのはなぁ~ただ擦ってりゃ良いってもんじゃないんだぞ~」
「ヘイ」
「焼きそば焼いてるんじゃないんだからな~」
「…ワ~ン」

今田さんとの会話を思い出したとさ~。

お待たせしました~「ドラ親父ユージの青春日誌~!」
えぇ?誰も待ってないって?

お暇なぁら~ユージの恋バナ編「大町の芝女王」

前話 ~ いつものように店で練習していると電話が鳴った、
誰も出ないようなのでオレが出る。
「歌手の~~です。今大町駅に着いたんですけど」、
「あれ~?専務がお迎えに行ってないですか~?」
いつもならば専務が迎えに行っているはずなのになー、あのスケベ専務が~、
と思いながら…「じゃボクが迎えに行きますからそこで待ってて下さい」
そんな訳で私が駅にお迎えに行くことに成りました。

これがすでに運命めいていませんか?

駅に着き、お会いしてみるとアラマぁ~!綺麗かつ素敵な方。
ちょいとドキッ~! なのであった。

取り合えず店にお連れして色々お話などするとぉ。
結構気が合うズラ~(長野弁)。    

そんなこともあってその日のショウはなんかもうドキドキユージでした。
歌も演歌歌謡ではなくボクの好きなポップス系、
しかも結構上手いし、第一スタイルが良い。

無事ショウが終わり、
営業が終了し、お客もいなくなると、
片付けの終わった店の一角で店の残った者で飲む事がある。

スケベ専務、そしてどスケベ社長もいつもは居たりするのだが、
その日は偶然小人数だった。

~これがすでに運命めいていませんか? ~ 又カヨ!

そこにショウの人(彼女の持ち歌より「シバの女王」と命名された)も加わって、
良い感じで飲み会がスタートした。

そして恋に落ちた祐ちゃんなのであった。

…何故かこの時東京からアソビに来てた丸さんもいたっけ?…

その日の晩… ・・・∴~♀・童@#・・£ ̄{・/貞∞≦♀・※★♀・ 書けまへん~!

そして芝の女王とは、
毎日練習し、そしてデートをするまでに発展していったのだ!

そしてなんと!
ちょっとした悲しい結末が待っていたなんてことはこの頃純情無垢だったユージは知るよしもなかった。

「一時話題を変える」
・「祐チャン日記」
自慢ではないが(自慢でもある)、
俺の初ステージ、しかも大舞台でのデビュー。
それは16歳!高一の真面目な時だった。

真面目な割には、悪い仲間が周りにいて(ただ若干社会からドロップアウトした感の奴ら)が、
なんとロックコンサートを松本市民会館で主催してしまったのだった。
 
当然自分たちのバンドでの動員は難しく、
松本地区で当時有名だったプロのRock・Band、
それからアマチュアでも知名度のあるバンドを見繕って開催された。
~ちゃんとギャラ払ったんかナ~?~

途中出演者の中に未成年者(オレ)がいることを聞きつけ、
パチンコ屋などで顔見知りとなった婦人警官関係と(どこがマジメやネン)イザコザ等有ったりして、
決してスムーズでは無かったにしろ、
何とかやり遂げることが出来た。

タイトルはただの『Rock Festival』
前売りチケットを一杯売って一儲けをたくらんだ悪仲間のリーダーは小林さん。
チケットに書かれた文字は「THE! LOOK FESTIVAL」。
~見てドウスル~
後で笑われることとなる。   

~気付かなかった俺たちもオレたちズラ~

コンサート数日後、パチンコ屋でママポリ(婦人警官)と三度遭遇。
捕まるが最終的には「ドラム頑張ってね」と言われ見逃してくれた。

~どこがマジメやねん~

もしも見逃してくれなかったら…停学~?
それとも退学~?

もっとも~名門(?)松商学園は1年で卒業となる。
それも自願退学という形で。

って言うことは、ボクの最終学歴は~中卒ってことになる。
もう時効だから言うが、
ヤマ○講師は最終学歴高校となっていたので…ウソも方便だったのだったぁ。
もしそれがバレタとしても、
「でも良い講師を取りたいでしょう?」っていうつもりだった。

退学して学校も行かず、
仕事もせず、ただドラムをぶっ叩いている。
といった状況は、世間体的にも人間的にもあまり良い状態とは云えない時期があった。

後に悪仲間であり大親友伊藤友の紹介で「信濃大町のキャバレーでドラマーを探しているってさ、
うちの親父がそこでバンマスやってるんだ、中野やらね~か~?ボーイも探しているっていうからオレも行こうと思って、
どうだ、一緒に行かね~か?」
と聞きつけ一にもなくその話に乗り、
同級生や、一般社会の人たちとのストーリーと、
若干違ったドラマへと入っていったのだった。

ジャズに突入した一番大きなきっかけ、
それはMilesDavisの来日だった。

それも1970年代マイルスがエレクトリックになった頃のバンドだ。
キャバレー演奏の合間にテレビ観戦!
ベースの堀内などと「マイルステレビでやるってぞ」「観るべ観るべ」。
バカデッカイヤマハのスピーカーがドォーッンと並び、
ロックのリズムが展開しされながら緞帳が少しずつ上がってメンバーを捕らえていく。
「す、すげ~」
「ほんとすげぇ~ズラ~」
「これって~ジャズ~?」
「マイルスだもの…ジャズずら~?」
「…ところでぇ~マイルスってどの人~?」
メンバー一人としてマイルスを知らなかった。

という~今だから笑えるホントの話なのであった。

これにはホント~まいるス。

がしかし!この時の熱き演奏にはとても衝撃を受けたユウジだった。

それまでFMラジオなどで、結構ジャズjazz番組は多かったのである。
名盤はもとより、日本人プレーヤーの演奏も取り上げられていて、
大野雄二トリオ、ベースが本田栄三、
数年後この本田氏とは岡山で仕事をご一緒させていただく。

ちなみにこの時のメンバーも結構良かった。
ギターが橋やんこと橋本信二。
バイブが水戸部さん。サックスが尾山修氏だった。
全員大先輩だった。
いじめられた~いや、

可愛がっていただいたのであった。
その話もいずれ出てくるであろうから話を元に戻して、

… 続く カヨ! 

恋バナは次に…チャンチャンコぉ~!


14:55 2015/04/10

10:24 2015/04/11

今日の一句…

~また病気ぃ~ 金も無いのにお買い物ぉ~ アップルウぉっち~ちゅうもんすぅ~

…続き~ 

祐ちゃんの純情?

約二週間の契約で、
大町はキャバレー『サクマ』(地元ではキャバレー悪魔と呼ばれていた)に歌手として来ていた「シヴァの女王」と僕、
次第にひかれ合って行くのにそう時間は掛からなかった。

「二十歳になったら上京するんだ!」
うら若き祐ちゃんのツブラナ瞳で(今は濁ってるってぇ~ホットイテ~!)相談にのってもらったり。
いつものように店で練習しているとシヴァは控え室から出てきてピアノを弾いて一緒にアンサンブルしたり、

夜は店が終わってから一緒に飲んだり、
昼間待ち合わせて公園に行ったりもした。

世間的に言う デート、ってやつだ。
まさに18歳の純情!
シヴァは今思うに当時30歳位 だったかナー?

そういうオレは還暦迎えたし…シヴァの女王は…もうこの世にいない?
なんてふと思ったりして…

そして楽しかった2週間も過ぎ、
いよいよ楽日(業界用語興行の最終日の事、千秋楽で らくびと読む)。
次の仕事場へと向かう為その日の出演を終えたシヴァ、

夜中発の列車に乗るため我々が演奏中にステージ脇をすすり抜け、
出口に向かう時に目で交わした挨拶は僕にとってとっても悲しい感情を演奏中にもたらせてくれた。

イチマツの寂しさを胸にステージを降り控え室に向かっている時、
店の出口付近で電話が鳴った。
「中野、お前にだ」ドスケベー社長から受話器を渡される。

「今から電車に乗るの」シヴァからだった。
「楽しかった」と言う事と、
「今電車に乗る所、明日の仕事はキャンセル出来るけど これに乗った方が良いかなー」

…「仕事はちゃんとしないと駄目だよ」と僕…
「分かった、さよなら」

もちろん 本音は~「もっと一緒にいたかった!」である。 

強がりしか出せなかった当時ユウジはとっても純情なのであった。
今もそうだが・・・・・???

今のオレだったら「分かった、すぐそっちに向かうから」なのになぁ~ザンネン。

それからしばらくの間 哀愁が僕の周りに住み着いた。
辛い事があっても、いずれ時間がそれを忘れさせてくれる。
ただそれだけを信じて、時々思い出される光景を愛おしく思いながら…。

恋愛に関してどうにか少しくらい積極になれるようになるにはかなりの時間を要した。
イケネ~余計なことを…。

そして、正常になり掛けた数ヵ月後!
再び僕の前に…あの シヴァが!

そして…

祐ちゃんの純情!は~続くのであったぁ~チャンチャンコぉ~!


11:44 2015/04/12

【lesson・練習日誌】&祐チャンの純情~412

天気の良い日曜日、
slowjog45分~の筈が20分経過した位から腰の腰痛が痛み出し、
ストレッチに変更。

多摩川沿いからの帰り道、
我がwalkingコースの彼方此方に楽しそうな、幸せそうなファミリーの姿が見える。

~自分の小さい頃は父ちゃん母ちゃんに可愛がってもらったんだろうな?
良いなぁ~ファミリー~今世では無理だったようだ~ってなことを考えながら帰ってきた。

さて、祐チャンの純情~続きの書き直しを…
さぁ~ 困ったぞぉ!

もったい付けたワリにはそれほど期待に添えないストーリーかも知れない!
まさか誰か殺してフィクションにするワケにもいかないしぃ…、

チョット少し話変えてまたもったいつけよっと…って~コラコラ!
我が青春の街、信濃大町は松本から安曇野を通る大糸線で小一時間ほどにある街だ。

そんな信濃大町の田舎にも、
ジャズ大好き夫婦が営業していた「かつき」というJazz喫茶が白塩町名店街アーケード街にあって、
ここでいろんなレコードを聴きまくり、
色んなジャズ情報を仕入れることが出来た。

マスターであるかつきさんは今思うと、
結構日本のジャズが好きだったみたいだった。
オレも時々日本の人のジャズを聴きたくなることがある。
ここで良く耳にした名盤は…

後に上京して教えを請う事に成る、
ジョージ大塚のアルバムで特に印象的なのはドラマーのジャックディジョネットがピアノを弾いた、
「ジャッキーボード」、
鈴木勲「ブロウアップ」もタイコはジョージ氏、
これも大名盤だと思う。

大ファンである日野皓正は「イントュエターティニー」(二枚組)
「ジャーニーイントュマイマインド」共に愛聴盤であり後にCDも購入。

今は亡きトコさん(日野元彦)に「あれは名盤ですよねー」っとお聞きしたところ、
「ウ~ン一杯レコーディングしたから覚えてないんだよ~」ガクっ。
そして上京後とてもお世話に成ることとなる今田勝さんの色んなアルバムも聴かせてもらった。
この頃良く聴いて好きだったポピーという曲を、
まさか後に一緒に演奏するようになるとは!
また、新宿のライブハウス「タロー」で土井さんのTrioの時日野さんがアソビ来てご一緒出来ることも、
この時ユウジは知るよしもない。

何しろこの頃のジャズは特に熱かった!
たまたま休日が取れて上京、丸さん宅に泊めてもらいライブハウス巡り。
今は無くなってしまったが新宿「タロー」ここも上京後に出演する事となりました…

歌舞伎町の中にあって狭い階段を上がっていくのです。
有名なバンド以外はお客さんの入りが少なく、
ある日お客ゼロの日があり、
帰りの階段を下りていくとそこにジキコが寝ていた。
と言うことも今では笑い話しです…

土井一郎trioで出演中…
「いっしょに演って良いかな~」と言う声が客席から届いた。
「ずいぶんズーズーしい人がいるモンだ」いぶかしげに客席を観るも暗くて見え難い、
そしてその本人は、「日野だけど!」
なんとあのトランペット日野皓正(tp)が土井さんの「どうぞ」の言葉も終わらぬうち、
トランペットをあわただしくケースから出したと思うとステージに上がってきた。
「何やる~?」
「Maiden Voyage 」と土井さん、
「OH~ 良いねぇ」例のピアノイントロから始まる。
ステージが終了~と思ったら、
♪~チュラタタ~チュラタラララ~ン~チュラチュラパラチュラ~ン~♪
日野さんがいきなりstraight no chaserのテーマを吹き出すではないか、
慌てて我々も2コーラス目から付ける。
日野さんニヤッとする。
メディアムだったテンポは次第に熱くなっていくgig!

何か気配を感じ日野さんを見るとさっと指を二本上げるのが見えた。

親指を一本下に下げるのは~ぜひとも勘弁してほしい。
そしてやはり中指を一本上に上げるのもご勘弁を~。

これは倍テンに行こう!
~倍テン といってもkioskではありません~

いくらOh脳~!でも倍テンの合図と気付かないほどのボンクラユウジではない!

即付ける。
ドンドン仕切って行っちゃう日野さん、
集中していないと置いてきぼり食ってしまう、
終わってから 「スイングしていて良かったよ!」と社交辞令を頂いた思い出が!

再び…シヴァの女王…

そうそうあれから数ヶ月後、
実はシヴァが来たのでした。
 
聞くと自分から『サクマ』に行きたい!
っと事務所に志願して来たそうだ。

人と話す時は目を見て話そうとする僕は、
シヴァに見つめられるとつい目を反らしてしまう。
皆は信じてくれないが、俺、ジャなくて、僕 は純情なのだ!
しかもシャイだ!(同じ意味だって)
今だにその本質は変わらない(マジです)。  

一回目の出逢いに比べたら、
二回目の方がどうやら積極的になれた。
前の時には「ユウジは明日何やってるの~?」
「別に~練習して~それから飯食って…」
「それよりどこか連れてってよ」
「…う~ん…」
「はい!決まり、じゃ11時にマツヤ(1Fがパチンコ屋、二階が喫茶店)ね!」
「わかった」

デートしたり誘ったりするのは自分からでなく、
殆どシヴァが先導してくれていたのだが、
「ねぇ、明日木崎湖でも行こうか~?」
今回は自分から誘う事が出来た。
チョット大人に成ったのですね!


ユウジの積極性に驚くもシヴァは嬉しそうだった。 
練習も欠かさなかったが、
デートも良くした~ってことは練習かかさないとデートなんか出来ましぇん。 

この頃 既に店では我々のことが噂になっていて、
それをからかう者もいた。
真面目な僕は赤い顔になりながら「そんな事無いヨー、そんな事有るモンカー!」、
等と しらじらしくバックレるのだがあまりにもバレバレであった。
デモ、内心はかまってくれて嬉しかったりして。

…この辺読んでて色んな光景が思い出されるのと、こっぱずかしいのとが入り交じって変な感じぃ…

実はボク…初恋はムチャクチャ早くて幼稚園の時だった。
~なんだ突然~
小学校時代、そして中学時代も、結構恋多きユージの純情だった。
~まぁ 早い話~ベ~スケ ってこと~
でも積極的には出られないのは~相変わらずなのであった。

そしてこの時が生まれて始めての相思相愛? 
シヴァにとってはもしかしたら遊びだったかも知れないけど。
演奏していても控え室でシヴァが聴いていると思うと~シンミリ。
あるいは張り切りすぎて「中野~ ウルサイ!」バンマスに怒られたり。

ステージに出て来てきて、
歌う合間に目と目が合ったり、
わざと外してみたり!

もの凄い充実感。
~愛のパワーって凄まじいのですね~って、何言ってやがる!

「さくま」から歩いて3分くらいの所に今も帰ったら寄る事にしている「やち」という飲み屋さんがあり、
演奏の合間にそこで良く飲んだ。

そしてそれは、ある日シヴァをその店で待ち合わせした時の話だ。
僕等より少し早く終わったシヴァは先に「やち」へ、 
僕もラストステージを済ませ、
急いで着替え「やち」へまっしぐら! 

ドアを開けると当然シヴァは居たのだが、
他のお客さんと仲良く飲んでいた場面を観る。

まだまだ大人に成り切れてないユウジは…「ムッ」としてしまった。
そう! 
jealousy~しかも強力な~ヤツ!
それは今も変わらないようだから人を好きになるのが~辛い!
…おっと余計な情報でした。
~だいいちユージを好きになるヤツってぇ~のがいないんだからNo問題~ってホットイテ~!

そしてそのジェラシーから~悲しい別れとなってしまったのであった。

…続く~?
クエスチョンマークカヨ!…チャンチャンコぉ~!

★【祐チャンの純情・音楽遍歴】 | コメント:0 | トラックバック:0 |

ユージの青春・音楽遍歴~!ねぇねぇ~パトカー…乗ったことありますか~?

ユージの青春・音楽遍歴~『パトカーに乗った祐ちゃん!』

話が前後して申し訳ないが・・・・・ユウジはパトカーに乗ったことがある。
しかも3回もだぜィ!・・・・・どうだ!
・・・・・なんて威張れることではない。

まだ下板橋、東上線のうるさい鹿野荘に住んでいた、
それはある夏のとてつもなく暑い日だった。
当時電話も無い俺にはエアコンなどという超贅沢品など有るワケがない。
扇風機さえも買えなかった時代だ。
(普通のご家庭には有ったと思う…ドンダケ貧乏金無し)

「シカシ熱いなぁ~!」
ムチャクチャ熱い日に部屋でボーっとしていて閃いた。
「何処かで泳いだら気持ち良いだろうなー」
シカシ何処に行ったら泳げるのか?
プールが何処に有るのかも知るすべも無く、
閃いたのが荒川だ!
「そうだ荒川で泳ごう!」

この頃していたアルバイトは赤羽にある「大日本印刷」だった。
お金がない僕は日払いのバイトで日銭を稼いでいた。

とてもじゃないけど年金なんか払える状態なんかじゃない~!
もう~冗談じゃない~!
時々赤羽から板橋までも電車賃節約して歩いたこともあるくらいなのだ。

電車にユラレ、橋を越える際何気に眺めていた大きな川「荒川」を思い浮かべ支度に掛かる。
支度っていったって海パンとバスタオルをズタ袋に入れるだけ、
「電車賃もったいないから自転車で行こう」

実はこの自転車が祐ちゃんパトカーに乗る!へのプロローグなのだった。
この時期音楽仲間がいた。
某雑誌スイングジャーナルのメンバー募集で知り合った明治学院大学の仲間である。 
高校中退の俺はモチロンそこの生徒ではない。
生徒でもないのに毎時学院の部室に自分のドラムセットを置きっ放しにし、
そこでしょっちゅうセッションしていたのだった。

オモシロイ仲間がいた。
「インテンポが出来ね~んだよ」音は図太く、
とっても良いサウンドをしていた広瀬淳二というfreeの世界で邁進しているサックス奏者。

「僕も明学出身なんですよ」バリバリ吹きまくる、
片岡というアルトサックス奏者は某ウッディーベルというLiveハウスで知り合う。
「ナメクジを油で炒めて食ったらどうなるんだろ~?」
実際に試したという噂を聞いたが・・・・・何故かその後姿を見ることが出来なかった清やんというベーシスト。
「使って下さい」と直接渡辺貞夫さんのところにオーディションを受けに行ったという強きのベーシスト海田。
佐藤という余りパットしないサックス奏者・・・・・車借りて擦ってしまって・・・・・申し訳ない。

その仲間内に梅野という何でもこなせる器用なピアノがいて、
そいつの家に遊びに入った時にもらった見るからにいかがわしい一台の自転車。

実はこの自転車、梅野が何処ゾの駅でカッパラッたやつ。
しかもそのままだとヤバイというので緑色のペンキで塗りたくリ、
(その方がよっぽど怪しいジャン)というのを頂いたのだった。

自分的には面白い色のユニークな自転車にしか見えなかったが、
今思うとこの感覚は明らかにヘンである。

その自転車にまたがり「ヨーシ!今日は泳ぐぞー!」と出掛けた祐ちゃん。
後で考えたら結構な距離だったぁ・・・・・。
「お、橋が見えて来た、荒川はもうソコだ」と思ったその時に、
向こうからパトカーが来た。
パトカーは元より、お巡りさん系との遭遇にはついつい目を逸らしてしまう僕。
そして一旦通り過ぎたパトカーがユーターンして僕の前で止まった。
「その自転車はどうしたの?」と言いながらポリこ・・・・・ジャなくてオマワリサンが降りて来た。
「盗んだんじゃないよね~?」「と、とんでもない!友達にもらいました」、
「その友達の名前は?」「えーと、ウメ ・・・・・」と言いかけ、
いけねイケネ~、名前言ったら梅野が捕まっちまう・・・・・即座に「いやいや・・・・・ぼ・・・・・僕のです」と答える。
「あ~そ~?随分ユニークな自転車だね~一寸パトカーに乗って」、
「・・・・・げげ~!」
顔は一見笑っているが目は笑っていないそのポリこ、じゃなくてオマワリサンはパトカーの後部ドアを開けた。 

今だから笑って話せるが、
小心者の祐ちゃん「・・・・・(これで俺も前科者?)・・・・・」と、車中で泣きそうになる。
警察署に着くまでの車中どうしたら良いか~?
どう答えることで誰にも迷惑が掛からなくてすむか~?
色んなストーリーを考える。

車外の人の目が自分に注がれているのが分かる。 
まさかいくら恥ずかしいとはいえTVの犯人逮捕みたいにシャツを頭から被ったりはしない。 
それ程凶悪犯ってワケじゃないからネ・・・・・と開き直ったところで、
外からの目は脅迫犯の変質者の殺人犯の万引き男に映っている可能性だってあるのだった。
それに・・・・・冷静に考えたら被害者の場合だってある・・・・・「お前の顔だったらそれはない~!」だって・・・・・言えてます。

・・・・・何処かで僕が拾った事にすれば良いんだ、
エート何処にしようかな?そうだ!あそこの空き地が良いや・・・・・、
しかも酔っぱらっていたことにしよう・・・・・と、適当な場所が思い当たり、
少し安心しながらパトカーは赤羽警察署に到着する。

取調べ室に連れて行かれ(たかが自転車泥棒されど)調書を書かされた。
「何時盗んだのかね?」
「ぬ・・・・・盗んだんじゃないです拾ったんです」
「他人の自転車を無断で拾ったといってもそれは窃盗と同じなんだよ」
「・・・・・す、スミマセンでした・・・・・その日酔っぱらっていたもんで・・・・・」
その日、何処の店で何をどのくらい飲んで、
どの低度酔っ払って、普段はどの位飲んで、
この位では酔わないのにオカシイナー! 等など。 
どうでも良いと思われる事まで書かされる。
「何処で自転車を見付けたんだ?」
拾った場所を聞かれ・・・・・(あそこだったら良いかも)
何台も自転車が重なり合って捨てられた状態になっている空き地を思い出しその場所を答える。

早速無線で連絡し、おそらくパトカーで向かったと思われるオマワリサンから無線で返事が帰ってくる。 
多分今でも何台か捨ててあるその場所は、
「たまたま拾ってしまってもしょうがないのではないか!」てなもんだろう。  
なんとか許してもらって釈放(?)され、
シャバと警察署の狭間であるドアを開ける直前恐る恐る聞いてみた。
「あの、僕には前科がついてしまうのでしょうか~?」ユウジ涙目になりながら聞いた。 
すると笑いながら「まあ、これ位だったら付かないよ、でも気を付けなさい」 
「ありがとうございました」 
「しかし・・・・・板橋からここまで・・・・・よ~くチャリで来たねぇ」
「はぁ・・・・・はぁ・・・・・」
「あ!それと、泳ごうと思っていた荒川ねー、あの川は汚くて誰も泳ぐ人なんかいないよ」だって、
完全に目が笑っていた・・・・・笑い過ぎジャ!
  
調書はホント何でもカンでも書かされる。 
・・・・・そして数年後!
又、ホント何でもカンでも書かされる調書を再び書かされる事に・・・・・今度は女性が絡みます。

○パトカ-に乗った祐ちゃん!その2
…続く~?

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◆『ユージ新宿コマに出る!しょのⅡ~生バンドが演奏、しかも口パクなんて可能~?

可能なのであった…それはまさに巧妙な手口であった。
今では当たり前かも知れないが、
この話はウン十年前だからしてこのアイデアを思い付いた人は…ゴイス~?

歌手にとって、何時も良い声が出るとは限らない。
歌わないでもお客さんに良い時の声が、
しかも完璧に近い歌い方が聴こえさせることが出来たら~こんな楽で良い事はない。

そこで口パク!
というシステムが出来あがった。
あの北●のサブちゃんだって口パクって言う噂ですよ~!

歌を何回も録り直し、
良いトコだけ張り合わせて出来たモノが、
誰にも気付かれず、毎回ステージで使えたとしたら~楽だし、
実力のそれ程ない輩にしてみればこんな良いことはない!

ワレワレは~ウチュウ~ジンダ~違った、我々ビッグバンドはステージに配置され、
先ずは日本太鼓との共演的なアレンジの曲でその日の公演がスタートする。
そのデ~ハ(派手)な曲が終わった後~指揮者がタクトを振り、
山城新伍の曲のイントロ演奏がスタート、
ヤマシロが上手から現れ歌い出す…コレガ~口パク~?

口パクならカラオケでも良い。
生のバンドはいらないわけだ、
しかし我々フルバンドが控えている。
俺たちがアテ振りで演奏したら素人さんでもさすがに分かる。

我々は実際に音を出す。 
しかし口パクだ!
こんな事出来ると思いますか? 

実は出来るのだ。

…説明しよう。 

実はこの間の録音を何に使ったか~? 
練習用の為?  
僕らはてっきりそうだと思っていたが、
敵はさるものヤマシロシンゴ!

その12月に入る前に行われたリハーサルに近い感じのゲネプロが録音されたとこは前に書いた。
録音はclick(メトロノーム)を使った。
我々の演奏したテイクに合わせてヤマシロがそのカラオケを使ってヤマシロは歌を吹き込みコーディングした。
多分、何回も録ってはツギハギして良いテイクを作ったことは容易に想像出来ます。
その歌のテイクを本番で使う!と言う事なのです。

しかし本番でその声と生のバンドの演奏をどう合わせるか~? …が問題だ。 
前にも書いたがアテ振りでは決してない。
我々はチャンと演奏する。

その答えは~! 
cueBo(ヘッドホンやイヤホンの音を調整する箱のような装置)が指揮者とリズム隊…drum~Bass~piano~guitar~の元に置かれ、
(もしかしたらdrumとBass、そして指揮者だけだったかもしれない)
そのヘッドホンから流れ出すテイクには~clickと、録音時における先生の声~ワン~ツ~スリ~と、そして~ヤマシロの歌が入っていたのだった。
指揮のスタートとリズムが崩れなければ~レコーディングされた歌が~我々のサウンドと一緒に客席に届くワケなのだ。
他のメンバーは我々のリズムに乗っかり、指揮を伺いながら進行させる。
まるでヤマシロがその場で歌っているように!

ベーシックが安定する。そこに乗っかる管楽器等、余程の事が無い限り合う筈だ。 

本番だとこんな感じだ~舞台袖にヤマシロが付き準備オーケー。
そうするとヘッドホンからクリックが流れ出す、
指揮者が手を上げる、皆、演奏準備に入る。
最初に録ッたクリックにはセンセーのカウントも入っている。 
そのカウントに合わせて指揮棒が振り落とされ、演奏が始まる、

後は僕等がクリックからズレないで譜面通り進めば毎回同じ所から録音されたヤマシロの歌がドーンと出て来る訳だ。 
お解りになりました?  

そして初日!バンドさんへ! 
という事でそのヤマシロから差し入れが届いた。
それは「きつねドンベー」だった! 

色んなゲストが来て、色んな出来事があったが、
記憶に残っているゲストは坂本冬美しかいない。
あの娘は上手いしその上に舞台度胸があり、
それを証明するアクシデントもあった。
着物姿の冬実ちゃん、「人生色々」を歌っていた時に付け毛が落ちてしまった。
客席から笑い声が起こり、気付いた冬美ちゃんはそれを拾い上げ、
振ったり、回したりして、まるで最初から用意された小道具のように扱って大受けしていた。
 
そしてショウはフィナーレに向かい無事にでもなかったが楽日を迎えたのである。
打ち上げも催されたが、偉い人が一杯いてなんか肩身の狭い想いをして早々引き上げこのドラマは終わる。  

あの!新宿コマに「オハヨウございマース」なんて入って行く、
馴染みになった守衛さんとも「お疲れ様ー」と挨拶する。
結構狭い控え室。
狭い階段。
狭い舞台裏。

でもここはあの!新宿コマだ!あの美空ひばりや島倉千恵子、五木ひろしが腰を振ったあのコマだ!
ゲーノージンしたユージの約1ヶ月であった!
チャンチャン!

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